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第五百十六話 渇きと恵み

*

 

 最後尾に一度ついて小一時間。分かったことがいくつかあった。

 

 まず一つは、ここに並んでいる人たちはおよそ一億人であるということ。

 一番端と最前列は均整の取れた一列となってはいるが、中腹になるにつれて膨れ上がって行っている。


 一億人というのは『万物理解』で出した計算だったが、それは最後尾の人が何も知らなかったからだ。

 何を聞いても「分からないけど機械都市ならなんとかなる」としか言わず、どこか楽観的な雰囲気だった。


 だが、それはこの人に限ったことではなかったのだ。こんなところでずっと待ってはいられないと少し先の方へと移動をし、同じように色々質問して見たのだが。


「さあて……。私には知ったことじゃないね。ここまで来るために家族も故郷も捨てて来たんだ。ここまで来て、これ以上何か考える必要なんてないだろう?」


 同じように、どこか投げやりな返答が返ってくるばかりだった。

 しかしそれで私も一つの事実に行きついたのだ。今最後尾近くの人達は、かなり長い旅路を歩いて来たらしい。


 きっとその間に何度も掠奪やら襲撃やら出会ったに違いない。それを潜り抜けて、やっとこの人達はこの場所についたんだ。


 どこまでも続くような穏やかな平原、その最端に位置するあの黒い壁は言うなればゴールなのだろう。

 どこで終わるのかも知らない上に、もう壁が見えているとわかれば、機械都市まであともうすぐと考えることは何らおかしな事ではない。


 イツの話とは何故だか矛盾点が見えるが、つまりはそう言った理由で誰も深いことなんて考えていないわけだ。


 だがそれも、十キロメートルほど歩いていくとだんだん変わって来た。

 皆が顔を俯かせ、沈黙を貫いている。『幻術』もかけていないのに、横に歩く私達に気付く様子はなかった。


 しかし、それでも聞く必要があるものはある。

 ふと小柄な身長が目立つ無精髭の男を発見し、私はとりあえず質問をしてみようとした。


「あの……」


 その瞬間、地面だけを見つめ続けていた男の目玉がぐりんと私の方へ向く。

 私の正体を知りたがるような困惑した表情でもなければ、私の横にいるフレイ達に目を向けようともせずに、男は私の胸ぐらを掴んだ。


「わっ……⁉︎」


「おい! 一体いつになったらあそこに着くんだよ⁉︎ かれこれもう三日は待っている! 食料も水もねえってのに、どうしたらいいって言うんだよ⁉︎」


 私を役人か何かだと勘違いしているらしく、今現在の不満の丈を男はしわがれた声でぶつけてくる。

 かと言って男の肌は老人のようなシワは見られない。水を飲んでいないがために喉が枯れていたのだ。


 誰も声を出そうとせず下を俯いているのは、もはや声を上げる喉も元気もないからだろうか。

 食料だったらまだ何とかなるだろうけど……こうも湿地ひとつもない平原となると、雨も怪しい。水だけはどうにかしないといけないだろう。


 私は右手に緑色の光を宿し、見慣れた水の入ったペットボトルを作り出す。


「あの、これ良かったら……」


 そう言って私が目の前の男に水を差し出した、その時だった。

 突如として男が横に倒れ込む。その横では拳を突き出した別の男が、荒く息を漏らしながら震えていた。


「……俺の……俺の、水だ」


 目に光は灯らず、じっとりとした鋭い視線が私へと突き刺さる。

 それに怯み差し出したまま硬直する私に、ゆらりと動きながら水を手に取ろうとする男。だが。


「ふざけんじゃねえええ! 俺が渡された水だあぁぁ!」


 怒号を張り上げながら、あともう少しで手が届くところで男が倒れ込む。無精髭の男が足元からひっくり返していたのだ。


 しかし二人はそのままもつれてどちらも動けない。動くのを許して仕舞えばすぐにとられてしまうと言う意思が、二人の絡まりをより強固なものとしていた。


 その表情は、どちらにも憎悪があった。自分のものを奪おうとする卑怯者に対する憎悪。どちらにも、である。


 それを、また一人の女がジッと見ていた。先程まで何もしようとしなかった、彼らの後ろにいた男が。

 それに連なって他の者達も、ジッともつれる二人を見る。


 ……だが、その視線は、すぐさま私の握る物へと移って行ったのだった。


 次の瞬間、怒号があたり一面へと広がって行った。

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