第四百九十五話 安らぎ
ヴィリアは冷徹な目で私とイツを見据える。
私は困惑に駆られるまま、ただボンヤリと彼女を見続けていた。
「あ、これは、えーっとだな……」
床に胃液を撒き散らして項垂れる私の代わりに、イツが焦り気味にヴィリアに語ろうとする。
「た、大したことじゃねえんだ。俺の仕事がなくなっちまったって言ったら、いきなりサツキが吐き出してな……」
「貴様の仕事が無くなったこととこいつが吐くことになんの関係がある?」
「いや、それは俺にも……」
そう尻込みするように徐々に語尾に行くに連れて音量が小さくなっていくイツに、ヴィリアは更に怪訝な顔をする。彼女の眼光を目にすると、いまにも切り掛かってきそうな迫力を携えているように見える。
「……だったら、サツキ。お前は何故そうなった?」
「……わか、らない……」
イツに聞くのはもう無駄と思ったのか、ヴィリアは私に話を投げかけてくる。
だが私自身、何と伝えれば良いのか分からなかった。一体何故自分は吐いてしまったのか、何か理由があるのは確かなのだが、それを繰り返そうとするとまた吐き気がやってきそうで思い出す気になれない。
「……ひょっとして、攻撃か?」
ハッとして警戒の表情へと切り替わりかけていたヴィリアに、私は咄嗟に首を横に振るー
「じゃあ……なんだって言うんだ? 何かしら予想ぐらいつくものだろう?」
妥協案とでも言うようにため息混じりにそう聞いてくるヴィリアに、私は固まってしまった。
確かにそれは当たり前だ。予想は、ある程度付けられるものだ。
……でも、その予想をしたくない。
なんの前触れもなく、いきなり精神に酷いダメージを食らったような感覚を覚えた。分からないから、もしかしたら予想している途中でさっきの感覚が来るかもしれない。もしかしたら思考しているだけでも……。
「……? おい、サツキ。なんとか言ってみ___」
「ヴィリア」
ヴィリアが私の目の前にしゃがみ込み、それに応じて私も更にうずくまっていたその時、入口から、また別の声が聞こえてきた。
何故だか一瞬何となく気が楽になったような気がして、目の前のヴィリアと顔を合わせるのが苦痛だったというのに私は顔を上げ、ヴィリアの背後にいるその姿を目にした。
白い肌に白い髪、触れて仕舞えばすぐに壊れてしまいそうなほどの細い身体。フレイだった。
「ヴィリア、サツキのこと、少し任せてもらえませんか?」
その身体から出ているとは思えない芯の通った声で、静かながらもはっきりとフレイはそうヴィリアに頼んだ。
「お前に? 何故……。……いや、聞かなかったことにしてくれ。頼んだ、フレイ」
不思議に思うような声を上げるヴィリアだったが、何かを思うように一間すると、彼女に一言そう告げた。
何も言わずに、ヴィリアは入口から、その場を後にした。
「……フレイ……」
「ふたりとも、ちょっと外に出ましょうか」