第四百九十四話 自己崩壊
「無法……地帯……」
その言葉を、私は頭で理解するよりも先に口で繰り返していた。
なんだ……? じゃあ、もう、大陸の方は、私が見てきた世界じゃ無くなっているって、言うのか? サンフォードも、フェアラウスも……それに、エブルビュート……ラウのいたところまで?
「じゃ、じゃあ、そこで生活してた人達は……?」
「……言わなくても、わかるだろ」
イツのその言葉は、彼自身が口にする事を拒否してしまうような事なのだと、私を一瞬で理解させた。
そして、瞬時にそれを目にしようと、私は『万物理解』に呼びかける。
『万物理解……』
頭の中で待ち時間ひとつない応答の音が聞こえてくる。
もちろん、私は調べようとする事をその検索に。
『エブルビュートの、ラウのいた村の現在状……』
あと一言頭の中で言えばすぐに私の見ようとした光景は出るところだった。
だが、それを言い切る直前で、私は留まってしまう。最後の一言を言うのを、自分でも知らないうちに躊躇っていた。
なんだ……? なんで私最後の一言を……。
そう、不思議に思っていた時のことだった。
『検索、取りやめ』
っ……⁉︎
頭の中で誰かの声が聞こえてくる。その声に応じ、『万物理解』はまた私の奥底へと眠ってしまった。声は『万物理解』ではない。
誰だ⁉︎ まさか……もしやコウヤが攻撃を仕掛けてきたのか⁉︎
頭の中で、そんな考えがよぎる。だが、その考えと並立して私の脳は頭の中で起きた先ほどの人間の声を反芻していた。少し重苦しい、女性の声。それは、私が、最も聴き慣れた声だった。
私の、声だった。
……は?
自分で自分の出した結論に、私は困惑していた。自分にすら反論しようかとも思った。
私以外に私がいるって言うのか? まさか、そんなはずがない。私は私一人だ。……でも、そう認めたら、さっき検索をやめたのは、私?
待て、さっきの私の結論に戻っているぞ。いや私って誰のこと言ってるんだ?
「……? お、おい、サツキ、どうした……」
いきなり私にイツが話しかけてくる。もう今でも混乱しているって言うのに、これ以上人を増やさないでくれ……。
「う、おぇ……!」
グルグルと目眩の感覚に襲われ、私はバランスを崩して地面に屈んでしまう。
そのまま口を押さえて、喉奥から駆け上り、口内に酸味が広がった。次の瞬間、私は自分の目の前に透明な液体を垂らしていた。
……そういえば、ここ最近何も食べてなかったっけ。
「おい、おい⁉︎ サツキ⁉︎ しっかりしろ!」
背中のすぐ近くからイツの驚いた声が聞こえてくる。そりゃ、まあいきなり吐いたりしたら驚くだろうな……。
喉奥に残っている不快な酸味に咳き込むと、イツがおろおろとしながらも背中をさすってくる。
すると、その時だった。
「準備も終わって来てみれば……何か、あったようだな」
入り口の方向から清涼とした声が聞こえてくる。だが、その声色は、他者に全力でかかる重苦しい重圧を携えていた。目眩を起こしつつ顔だけをあげると、そこに、ヴィリアがいた。
「貴様……何があったか、説明してもらおうか?」