第四百九十三話 知らなかった実情
「ん? なんだ?」
「い、いや、何でもない……」
中々はっきりと言ってしまった気もするが、イツは上の空だったようで聞こえていなかったようだ。
ギルドの幹部だなんてそんなお偉いさん方が一夜にして消えるとなると、皆であらかじめ話を合わせておいたというような理由がないと説明がつかない。
でも、話を合わせて消える理由があるだろうか? 私だったらむしろ混乱とした国にギルドの支援を敷いてやって国とは言わずとも地域の支配権ぐらい得ようと考える。というか、ギルドは現世でいうところの大企業のような物だ。国の不景気とかならともかく、滅亡ともなれば逆に絶大な力を振るうチャンスだってあるはずなんだ。
つまり、消える必要性なんて幹部の間には無いはずだ。
だからその必要性を持つ、裏に誰かがいるなんて、考えたけども……正直、確証がどこにも無いし考えるのは一旦取りやめにしておこう。
「イツ……仕事が無くなっちゃったのは気の毒だけども、まあお金は……持ってるでしょ? きっとギルドだってしばらくしたら誰かが代わりになってくれるだろうし、それまで財産削って待っていれば……」
「金、無くなっちまった」
「……え?」
イツは最早抑揚も心の振り動きも無く、まるでロボットのようにポツリとつぶやいた。
私も今度は、彼の言ったその言葉に心の底から驚いて聞き返している。
無くなった? あの大金が? 私と山分けした、一国の王の財産を?
「ど、どういう事……⁉︎」
「俺が金と宝を預けておいた貸金庫屋は、かなり遠い。こんなところに来るとは思ってなかったんでな、手元の数万程度しか持っていない」
あ、ああ……なるほど。確かに評議会に呼び寄せられた挙句気付いたら島に放り出されていたんだから、そりゃそうか……。
でも、それなら良かった。何とかなる。
「だったら私が『時空転移』でそこまで連れてってあげるよ。今すぐにでも行けるけど?」
私としては、一番良い手段を伝えたつもりだった。
だが、イツは未だに感情が揺れ動くようなそぶりを見せず、ただ下を眺めていた。
「いや、もうこの島から俺は出られない」
「は……? いや、だから『時空転移』で____」
「もう外は駄目なんだ! この島はそもそも大陸の方と関わりが薄かったし王もいないから影響は薄い! でもな大陸側が今どうなってるかお前知ってるか⁉︎」
私の言葉のせいか、捲し立てるような口調でイツは唐突に叫んだ。
いつものイツのような、余裕がない。彼は、もしかしてさっき何か知ったのか……? 大陸側の状況についての、何かを……
「……どう、なってるの……?」
「王が消えて法を治める必要もなくなった。支配体制も消えた。ギルドも無くなった。どこもかしこも寄るべが無くて、精神が疲弊しちまってる。 助け合うよりも、生き残ることが先決になっちまってるんだ……!」
その言葉に、私の心臓は私が意識するよりも先に締め上げられるような感覚と共にドキリと大きな脈を立てる。壊滅状態って、そこまで進行しているのか……? たった二日で、一体何が……。いや、それよりも、生き残ることが第一って……。
「それって、つまり……」
「もう大陸に平和なんて無い。俺の貸金庫だってとっくに誰かが破ってるはずだ。今、ここを除いてあらゆる所が……無法地帯だ」