第四百九十話 守りたい理由
「……」
ヴィリアは、表情を徐々に真顔へと変えていく。
沈黙に気まずさを感じさせる様子は見せず、俯き気味に顔を下へと向け、やがてその視線と顔を、夕日を背景にする街へと向けた。
「……何故、ここを守ろうとするか、か。……深く考えた事は無かったな……」
落ち着いた声色でヴィリアはそう独り言のように呟く。
……やっぱり、そんなところか……。
夕日の弱々しくも暖かく包み込むような光が、ヴィリアの顔全体に当たり彼女の肌をオレンジ色に染め上げた。
山の道から目に見える街は、大きく長い影をこちら側へと落とし、さながら町全体が巨大な一つの生物であるようだった。
この景色を芦名と見たときは、ここに生きる人達に想いを馳せたが……今ヴィリアや皆と共に立っていると、街がまるで一つの芸術作品のように思える。
景色よりも、横に立つ仲間達に想いが寄る。
「好きだから、だろうな」
「え?」
景色を見る中唐突に呟いたヴィリアに、私はそれ以上は何も言わないものと考えていたために思わず聞き返してしまう。
「私は生活こそ、ここでしている。……しかし、あそこには私の友人があり、親がいる。買い物もあの街でだ。私はこの地に育まれてこうなった」
「つまり……故郷だから好き、って事?」
少し不思議そうにしつつイレティナが聞くも、微笑を浮かべながらヴィリアは首を横に振る。
「いや、きっとずっとあそこにいたら私はそれを分かる事もできずに暮らしていたはずだろうな。たまに行くからこそひしひしと感じるんだ。皆が笑顔で暮らしていることがいかに大切かと言うことが。……おい、見てみろ」
少し横目を向けたと思った瞬間、ヴィリアは私たちに顎で指すようにして呼びかける。
彼女の表情に気を取られていた視線を再び前に移すと、街には街灯がつきつつあった。
背を赤く染めながら、黒い影となる前方の中に一つ、また一つと光がつく。それを慈しむような目でヴィリアは見ていた。
「街に街灯が点く。こんな島ながらもそれは、電気が通っていると言う事だ。夜になればあの眩い光が道を照らしてくれる。朝になれば、また日が降り注ぐ。その間の夕方ですら、この街は美しい」
……そうか。ヴィリアは、修行を重ねていくうちに目指すものが具体的になっていったんだ……。
祭祀長から聞いた、知識を重ねるという幼いヴィリアの宣言……自分の住んでいた街に新しい価値観を覚える、つまり新たな知識を得てきたから、今のヴィリアがあるんだ。
「広きを眺め、細かきを観る。私は幸運にもそれができる立場だ。サツキ、街に行ったとサラマンダーから聞いたが……どうだった?」
そう質問され、私は答えが出てくるよりも先に一瞬バレたかと心の中で思いドキッとしてしまった。
だが質問する彼女の目を見て、すぐ怒られるわけではないと気づき、私は改めてあの街を振り返ってみた。
……私が見たのは、昼の街並み。太陽の光が陰影をくっきりと分けた、パリッとした、下ろし立ての服のような清々しさ……。
「……良い、ところだった」
どう言えば良いのかもわからず発してしまった言葉は、何の捻りも無いむしろそう思っているのか怪しいほどの短い言葉だった。自分でもやってしまったかと思ったが、ヴィリアはふっと微笑み。
「なら良かった。私は、お前のような異邦人がそう思ってくれる街を守っていきたい。……と言っても、まだまだ修行の身だがな」
少し照れ臭げにヴィリアは私に顔を向け、他の皆にも顔を見せる。
これだけのことを言われて、最早誰も彼女を引き留める気などある訳がなかった。しかし、フレイは、納得こそした顔をしているが、やりきれない顔をしている。
「ん? フレイ、どうかした?」
「……その、今日の夜だけでも……最後に皆で過ごせませんか」