第四百八十話 輸血と神の力
手で皮膚をなぞり、指を押し当てる。それだけで牛歩のような脈動は息切れ寸前の体操選手程にまで速まり、血が目の前の老人の身体の中を潤していく。
……ん、腰を悪くしているみたいだ。ここも治しておくか……。
手を痩せ細った腰に当てると、めきめきと音を立てて老人の腰だけが蠢く。その動きが止むと、腰は一点五倍程の太さに様変わりしていた。
しかしそれだけでは私は飽き足らず、筋肉が衰え、骨と皮ばかりの腕が加えて目に止まった。
ゆっくりとその腕を握り、私は腕を揉み解す。すると手の内の腕はみるみると膨らんでいき、冬の枯れ枝のようだった腕は見た目六十歳程にまでになった。
もう片方の腕と両足も同じように骨の中身を充填させ、無理のない程度の筋肉をつける。
血がまだ溜まりきっていないうちに全部終わった。目の前の死にかけているのではと疑ってしまうほどに弱っていた老人は、十歳ほど若返ったように見える。
こんな治療、現代社会ですら不可能だ。ましてや、一人で、その上穴の一つも開けずに……。
転生者のスキルは神の力を三百に分割した物だって芦名は言ってたけど、正直その信憑性が今になってついてきた気がする。
もともと『変化』を持っていたタケルは、あくまでこのスキルを防御と回復に使うだけだった。攻撃は自分の手で、回復はあくまで詰め物程度だった。
だが、『万物理解』を手にした私はその回復を最上級にまで上げてしまった。人体の構造を理解し、何が今当人に必要なのか、どうすれば適切な治療を施せるのか、それらをその場その場でやってのけてしまう。
その上『複製』と組み合わせてスキル無効空間の製造まで……。
スキル同士が、お互いの持ち味を活かして何倍も、何十倍もの力を発揮している。確かにこんな力、神様に近い物だ。
残り二個、残り二個で私は完全にスキルを回収し終える。その時の私は……神、なのだろうか……?
「ん、んん……随分と、長く眠っていたような……」
私が思考にふけるなか、不意に真下からしわがれた声が聞こえてくる。
目を下ろすと、シワを何重にも刻んだ瞼と、黒目がちな目に視線がかち合う。
「おや……そのお顔は、もしや……『死神』、ですかの?」
寝そべりながらも驚きを見せる老人、もとい祭祀長ディオトルさん。何故か心当たりがあるらしく私の事をまじまじと見てくる事に、私は不思議さを感じていた。
これ以上流し込んではいけないので気づかれないうちに血を止める。
……何と答えたものか。フレイだったら誰が『死神』ですか! なんて言って飛びかかっているかもしれない。うーん……だったらここは。
「そうです、私が『死神』です」
はっきり言っちゃおう。