第四百七十九話 治療
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「……これか……」
岩と岩の隙間から僅かに光が漏れて入り、木漏れ日に似た光が床や壁に当たる。
結論から言うと、全員了承という形ですぐ出発する事になった。サラマンダーとウンディーネは驚きつつも予想はしていたようで、「まあそうなるわよね」と二人で言っていた。
ヴィリアは「そうか」とだけ言ってそれ以上は何も言っていない。
一番駄々をこねたのは意外にもフレイだった。もう少しだけでもここに居られないか、と言って値切り交渉でもしているかのようにしぶとく私に懇願を続けていたが、『回収者』の事をウンディーネが上げると黙って頷き懇願はそこで終わった。
そうしてすぐにでも出る事になったのだが、今の私はと言うと。
「このお爺さんが、ヴィリアの言っていた祭祀長様……」
そう呟く私の目下にはクッションの敷き詰められた石机の上に寝かされ、時々苦しげに唸る眠った老人。ヴィリアの師匠のような人で、ディオトルと言うらしい。
なんでも大怪我を負ったイツのために輸血をしてくれて、極度の貧血でここ二日間ずっと寝込んでいるらしい。
行く事が決まった後にヴィリアに最後の頼みと言われて、彼を治す事を任された。彼が治してくれたイツの傷は元はといえば私がイツを間接的に傷つけた物で、私があの時どうにかしていれば、祭祀長だってこの様にはならなかった筈なのだ。
僅かに額に汗を垂らす祭祀長は、悪夢でも見ているかの様な苦しげな表情をしている。周りにはクッションの他に果実や貧血用の鉄剤が置いてある。恐らく街で買った物なのだろう。
私にこの人の治療を頼んだ時のヴィリアの顔は、祭祀長を非常に心配している顔だった。それだけじゃない、なんと私に頭を下げたのだ。元より断る気なんて無かったけど、彼女がどれくらいこの祭祀長を大切に思っているのかが、ひしひしと伝わってきた。
「……さて、『万物理解』」
『検索プロセス、応答可能です』
『この人の今の症状、それと解消方法を』
『検索中……対象の状態把握、並びに患部、検索完了。脳内ファイル及び視界フィルタに反映します』
聴き慣れた声と視界のガイドが私へと覆いかぶさる。
……本当に症状は貧血だけのようだ。いや、だからと言って軽いかと言われたらそんな事は全く無いけども……これだけ血を抜いておいて怪我が一切無いなんて一体どうやって……。
……ははあ、フレイか。かさぶたになっているからもう患部には表示されなかったけど本当に小さな穴が腕に空いている。ここから血を持っていったのだろう。
「治すのが手っ取り早くて良いや。でもいきなり上げたりしたら御老体だしちょっと心配だな……。新陳代謝を活性化させて……血流を速くさせよう。そうすればたくさん血が流れる必要があるだろうから血を流し込んで……」