第四百七十三話 情け無い
「……」
私達は、身動き一つ取れずその光景をただ呆然と眺めていた。しかし、それで目の前の現実が変わるわけでは無い。目の前で、サツキが負けている。それをありありと見せつけられてしまったのだ。
これまでも、サツキが負けてしまうかもしれない、と思った事は何度もあった。だが、その度にサツキは完膚なきまでに相手を圧倒して、勝ち、立つ姿を私に見せてくれていた。だから私も、心のどこかでは彼女がまた打開策を見つけて勝ってきてくれるのでは無いかと思っていたのかもしれない。
目の前の現実を見て、今、私は……。
「……そん、な……」
限りなく、驚愕に埋め尽くされていた____
「____サツキ。私の勝ちだ」
気を失いかけ五感全てが朧になっている中、不意に頭上から言葉が響いてくる。その言葉の内容を理解するのに数秒かかり、やがて段々と先程までの記憶が戻ってきた。
……ああ、そうか。私、負けたんだ……。腹部を切られたときに、一瞬ではあったが『変化』で治すまでに時間差を作ってしまって、そこでヴィリアの『風』を叩き込まれてしまった。
それから思うように身体が動かせなくなって……そう、恐らくマナを貯める臓器に蓋をされてしまったのだ。それが分からずに擬似的なマナ切れを起こして、『変化』の力も無くなって身体が元通りに。苦しむ声を上げる暇もなく四肢を切り落とされて……そこで私は、気絶してしまった。
もう周りは熱く感じない。皮膚の神経が焼き切れてしまったのか。
「皮膚が全て焦げ、四肢が切断された程度だ。か細くはあるが呼吸もしているし、しばらくは問題無いだろう。だが……」
その一言と共に、私の身体から何かが抜けていくような感覚がする。体の中からだというのに何故だかすっきりとし困惑しかけるが、それの正体はすぐに分かった。
「フレイ達にずっとお前の無様な姿を見せるのも忍び無い。風の蓋を取っておいた。いつもの『変化』とやらでさっさと……いや、言うまでもなかったか」
ヴィリアの横目に映る私は、すでにいつも通りに戻っていた。ローブも身体も、何事もなかったかのように。だが、私の心だけは、いつも通りとは行かなかった。
今までどんな強敵に立ち会っても、決して負けたことは無かった。特に力量においては。今まで積み上げてきたものが崩され、何も残っていないようなこの虚無感……。いや、これは、敗北感か。
地に尻をつき、脱力しているようにも取れる姿勢だったが、私は下を向いて動くことができなかった。
皆を守るだなんて豪語しておいて、これか? ひどい話だ。私が____
「たかが女一人に負けて情け無い」
「っ⁉︎」
完全に一緒、と言うわけでは無いが、自分に向ける部分は完全に同じの言葉が聞こえ、私は耳にした方向へと思わず顔を上げる。
その方向とは、上。当然、いるのはヴィリアだけだ。
「……」
「ああ、お前の思っている通りだ。たかが小娘の私一人満足に倒せずに、評議会議長を倒すなど酒の席の冗談にもならん。こんな闘いでは、フレイの方がずっと強い」
返す言葉も無かった。あまりにも私は弱すぎる……。
「だが、お前の剣が何なのかはよくわかった。お前の剣は……人を殺す剣だ」