第四百七十一話 アリ程度の
「え?」
「えぇっ⁉︎」
私の一言に、ウンディーネとイレティナが目を丸めてこちらを振り向く。まさか、とばかりにイレティナは一瞬表情を緩めるが、沈黙を貫いたまま煙の先を見据える私を見て冗談では無いと思ったらしく。
「……その、どうしてサツキさんが負けちゃうの? いくらヴィリアが強いからって言っても、きっと桁違いに強いでしょ? ちょっと見ただけの私でも分かるぐらいには……」
「確かに、サツキの強さは桁違いです。芦名のスキルも手に入れた今、誰であろうと簡単に殺せてしまうほどに」
「だったら、やっぱり__」
「ですがそこが問題なんです。簡単に殺せてしまうことが今、サツキの力を押さえこんでてしまっているんです」
「……?」
イレティナはもっと分からなくなってしまったのか首を九十度近くまで傾げ不可解そうに眉を曲げる。
「なるほど……そういう事ね」
すると、今度は反対側からため息の混じった声が聞こえてくる。振り返ると、ウンディーネがそこで手で顔を押さえて俯いていた。
「ウンディーネは分かったの?」
答えを早く教えて欲しいとばかりに顔を寄せるイレティナに、ウンディーネは顔を上げ。
「ええ。フレイが言いたいのは、殺さない戦いだとサツキが不利って事よ」
「殺さない……戦い……?」
「イレティナも経験がある筈です。族長との戦いですよ」
まだ理解にたどりついていないイレティナに、最後の助け舟を出すとついに分かったらしく、合点がいって何度も頷く。
「あー! そっか、そうだよね! 私も殺さない戦いしてた! お父さん殺すなんて絶対に嫌だからね!」
イレティナは今度は首を横に振る。
父を殺すのは嫌、とイレティナは言っているが、実際は殺しかけたも同然だ。あの時窮地に立たされ放った蹴り……当たってこそいなかったものの、当たれば岩を二メートル貫くとその後に聞かされた時はゾッとした。もし当たっていたりしたらあの族長の胸板に拳大の穴が空いていたに違いない。
それほどの蹴りをイレティナが放っていたのは事実だが、それと共に言えることは、彼女が心の底から自分の父を殺すことを拒んでいたことだ。それでも蹴りを放ったのは他でも無い。そうせざるを得ない状況になったからだ。
「……サツキは、強すぎるんです。防御はどれだけ身体を失おうとすぐ回復し、逆に攻撃ではあらゆる手で一瞬のうちに相手を消してしまう、それがサツキの戦い方なんです。……芦名の場合は、同じくらい強かったので例外ですけど」
「それだと……やっぱり、殺さない戦いでもサツキさんが簡単に勝てちゃうんじゃ無いの?」
「いえ、先ほども言いましたがサツキの強さが今、枷となっているんです。足元にいるアリを踏みつぶすことは簡単ですが……逆にアリで埋まった足元の中アリを殺さないで歩くのは無理難題に近いことでは無いですか?」
そう……ヴィリアも強いが、サツキにとってはアリのようなものだ。サツキは頭は回るが器用では無い。
そして、彼女は殺してしまいそうな時、歩くのを止めてしまう人なのだ。自分が噛まれる方がよっぽど良いと、心のどこかで思って。