四百七十話 予期せぬ事態
「っ……!」
視界を遮断し、空間を支配する蒸気が突如突き破られ駆け抜けていく空気が私の身体を撫で付ける。だが、今の私ではそれで終わってはくれなかった。炎と化した表面から揺らぎが流れていき、徐々に風にさらわれ擦り減っていく。
「まずい……! サラマンダー私の前に出ないで! 『無限』!」
ローブが翻り、私の背後だけ風が無くなる。星々が煌く内側から闇が飛び出し、私を守るように前方を覆う。
芦名の『無限』、防御にも十分使える。ただ生身の人間に使うと、助け出すのに私も芦名と同じようなことをしないといけなくなるけど……。ともかく、何とか奇襲は防げた。
「……この先にヴィリアがいるんだね。行こう、サラマンダー。『万物理解』も一緒に使って今度こそ逃がさな____」
「サツキ! 後ろよ!」
唐突に聞こえてきた、サラマンダーの叫び声。振り向いたそこにはヴィリアが飛び上がっていた。
「ッ! 『無____」
右手を突き出そうとしたところで私は咄嗟に気づき、左手で抑え込んだ。
駄目だ。『無限』の入り口は空気よりも抑えがない空間、飛び上がったヴィリアなんて刀を抑えるのと同時に吸い込まれてしまう。芦名だったらもっと器用に扱えていたのかもしれないけど……そこまで私はこれにまだ慣れていない。撃つ訳には……。
そう思う最中、私はあまりにも無防備だった。水を纏った刀が視界の左側に見えたと思った瞬間、私の左腕の感覚が欠ける。
左腕が、ボトリと地面に落ちる。それだけでは無い。刀から飛び散った水滴は私の肉体を弾丸のように貫き、幾つもの穴を胴体に開ける。
「が、はっ……」
思わずよろけ、口から血反吐のように炎が溢れ出る。炎にはなっているものの、身体の機能は人間とほぼ同等。心臓にすら穴が開き、意識を失いかけたとき。
「サツキ、何やってんのよ⁉︎ 『変化』使わないと!」
「……あ、そう、か……」
薄れゆく意識の中、手慣れた感触で私は身体を新たに作り直す。炎が空洞に押し寄せ、まるで何事もなかったかのように私の身体は元へと戻った。だが。
「シッ!」
「な……!」
死角から突如としてヴィリアが現れ、また私の横を刀が駆け抜けた。まずい、早く回復を……!
だが一秒とたたぬ間に、私の下をまた刀が駆け抜けていった。体がよろけ、倒れるのを、抑えられない……。
*
「……全然、見えないね。それにこの煙なんか変じゃない?」
イレティナは私の横で不思議そうに白い煙を眺める。
煙は私達の目の前、円状の木のない場所だけに留まりそれ以上広がる様子がない。触れようにも触れる以前から高音なのが分かるのでそうする訳にはいかなかった。
「恐らく……ヴィリアの風ですね。煙が私達の方へ広がらないように障壁を作っているのでしょう」
いわば一種の闘技場のようなもの。ヴィリアの作り出した、ヴィリアのための空間という訳だ。
「こんなに熱いと心配になってくるけど……サツキなら大丈夫よね」
少し憂うような調子で煙を眺めるウンディーネは、そんな気持ちを吹き飛ばそうと笑いかけてくる。確かにこの程度ならサツキは対応できると思う、問題も無いだろう。……だが。
「ウンディーネ、その、言いにくいのですが、このままでは……サツキが負けます」