第四百六十八話 蒸気
蒸気……なんで蒸気が、割れ目から溢れ出ているんだ?
「今度こそ……逃がさないぞ」
ヴィリアはそう呟き自分の周りに何か透明な膜を貼る。足で地面に踏み込んだかと思うと、朦々と広がっていく蒸気の中へとその身を投げ込んでしまった。
「あっ、待って……!」
蒸気の中のヴィリアを逃すまいと、私は一刻遅れて手を伸ばす。だが、伸ばした手が蒸気の中へと入った瞬間。
「あつっ⁉︎」
ステーキを焼くような音が聞こえてくるとともに、神経一つ一つに棘が突き刺さるような痛みを左腕に覚える。心が整っていないせいか、いつもの何十倍も痛い。濃縮塩酸に手を突っ込んでしまったような痛みだ。
咄嗟に手を蒸気から引き戻すと、そこには肘から先が真っ赤になり爛れ、指先においては先端が泡立ちつつあった。
「なんだ、これ……ぅあっつッ⁉︎」
不可解に感じ困惑しながら右手でその場所を押さえようとすると、触れた途端にジュッ、と音を立てて右手までもが焼け焦げる。その痛みにまた反射的に抑えてしまいそうなところを左腕を振り回し、私はその場にうずくまった。
「サツキ⁉︎ どうしたのよいきなり……⁉︎」
サラマンダーを右手から離してしまったらしく、私の顔を覗き込むようにサラマンダーが飛び込んでくる。
「サラマンダー……。私の左腕、多分百度近い温度になっている……。蒸気だ。あの蒸気に触れた途端私の腕がこうなった。サラマンダー、気をつけたほうが良____」
うずくまりながらもサラマンダーに視線を合わせようと顔を上げたその瞬間。
蒸気が、私の目の前へと迫ってきていた。
「え____」
困惑の声すら上げる暇もなく、私の身体は白色の塊に呑み込まれた。
「ぐぅっ! ……ッ……⁉︎ が、かぁ、っぁ⁉︎」
熱さに悲鳴を上げてしまいそうになった時、私の喉は声ひとつ出せなくなっていた。喉が焼け爛れて使い物にならない。呼吸すらも、苦しげに笛に似た音を出すだけだった。
まずい……! このままじゃ焼け焦げる前に窒息して死ぬ……! 『変化』で身体を治すか? いや、駄目だ。全然蒸気に終わりが見えないし、ダメージが絶え間なく続いて、その上内からも外からも一瞬で焼かれてしまう!
……そうだ! 白いって事は、これは蒸気に見えるけれど、液体とその境目ぐらい……。だったらそれ以上に私が熱くなれば良いんだ!
「か……あっ……、『ぇん……か』……!」
焼ける喉を奮い立たせ、私は右腕を前へ伸ばす。
その瞬間、私の右腕の指先が焼け落ちた。いや、正確には沸騰していた皮膚だけが焼け落ちていたのだ。殻が崩れ去った指は、赤色の光に包まれている。
指先から、次々と皮膚が焼け落ちていった。