第四百五十話 受け継ぐ者
「……芦名、私……」
「サツキ」
彼に今一度返事を返そうとしたその時、不意にフレイに呼び止められる。何事かと思い見上げると、フレイは眉を強張らせ視線を芦名へと向けていた。
「……もう、芦名は……」
彼女の視線の先にいた芦名は、最早ピクリとも動いていなかった。
咳をする気配も、血を吐く気配もない。気付けば赤色に包まれていた口元も、見た目悪く半開きになっていた。
だが、それよりも、私の視線は真っ先に彼の半開きの瞼へと移っていく。彼の目に、光が無かった。今まで、一度だって消えることの無かった瞳に宿る意思が、何処かへと消え去っていた。
理由もなく、気づいた時には触れていて、私は氷のような寒さを皮膚で味わった。
確かめることを躊躇うよりも……私の心は、何かに突き動かされている。
「……芦名……」
そう、ポツリと呟いた。
呼びかけだったのか、それとも繋がる言葉が有ったのか。どちらにせよ、返答は沈黙だ。芦名は、死んだ。最後の一言が、アレが本当に一番伝えたかった事なのかは分からない。もしかしたら、もっと他にも有ったかもしれない。
陽は、既に南中を過ぎていた。今まで上がり続けていた太陽はこれから少しずつ傾いていき、最後には沈む。つまりは、もう昼下がりだ。昼下がりの中、芦名は皆に囲まれて木々の下で死んだ。そう言えば、聞こえは良いものだ。
誰も言葉を発そうとはしなかった。誰もが芦名の死んだ姿に視線を奪われていたからだ。人の死んだ姿を、私達は見た事がない。見るのは、光の粒子か、肉塊だ。人の形ではない。だからこそ、私達は芦名の姿に見とれていた。
人の死に様は、こんなにも物悲しいものなのか、と。
「……」
伸ばした腕を懐に戻すと、不意に何かがチャリと音を立てて鳴る。
軽くて硬いものがぶつかるような音。それに気を取られ、私は音の鳴る方へと自分の手を伸ばした。手は懐奥深くへと吸い込まれ、薄布のローブに手形が浮き出る。その時、何かを掴んだ。
取り出すと、それは白い石。紐のような何かで結びつけられ、艶の出る加工が施されている。芦名が私に渡したお守りだ。
それを見た時、私の頭の中に不意に言葉が浮かんだ。芦名に言われた言葉が。
『今日あったことを忘れんじゃねえぞ、って意味だからな』
『お前に渡したあのお守りは……俺の意志、そのものだ』
「……!」
皆、悲嘆に暮れている。沈黙し、ただただ芦名を見守っている。まるでそこで時が止まってしまったかのように。
それに気づいた瞬間、私は。
「『無限』」
目の前に、闇を広がらせた。