第四百四十九話 意志
芦名の言葉に、その場にいた誰もが沈黙した。死にたがっている芦名に、これ以上“生きろ”だなんて、そんな身勝手なことを言えるはずがない。皆は、地に寝そべる芦名をただただ見守っていた。
フレイがまだ生きていて欲しいと言ったとき、頭の中で気づいた。フレイも、私も、芦名が死ぬ事は分かって居ても、それが絶対に来ると、実感して居なかったんだ。死にかけでも、何処か芦名はずっと生きている物だと勘違いしていたんだ。
そんな風に勘違いしていた私も、フレイも……芦名にしてあげられる事は、死際を看取るぐらいだ。
そう考えて更に顎を身体へと押し付けると、いよいよ酷くなってきた芦名の咳の声が聞こえてきた。水音が混じり、喉奥で跳ね飛んでいるくぐもった音が聞こえてくる。喉を健康的に動かす事もできずに、最後は空気が抜けるような音が鳴るばかりだった。
「……っ……」
だが、その時。
私が芦名の姿を見ずに、下へと視線を投げ続け、俯いていた、その時だった。
「サ……ツキ……。顔……上げろ……」
最早、声など聞こえるはずのない方向から、声が聞こえてきた。掠れるような、蚊の羽音にも等しいか細さで、私の方へと声が届いた。
「……⁉︎」
「顔……上げろ……って、言ってんだよ……」
一言目には何が起きているのか理解出来ず固まっていたが、二言目を聞いて私はやっと理解した。芦名が、私に呼びかけている。それに気づくと共に顔を上げると、確かにそこにはこちらへ視線を向ける芦名の姿があった。
「……芦名……」
「声帯だけでいい……治せ……」
虫の息で喋る芦名に、私はすぐさま言われた通り喉に触れ『変化』を使った。
身体や顔色は、未だ蒼白とした物だったが、最後の力を振り絞るように芦名は声を出す。
「俺は、確かに後は死ぬだけだ……。だが、それでもお前に言わなきゃならん事がある」
「……言わなきゃ、いけない事……?」
「お前に、昨日渡してやったお守り……覚えてるか?」
私は昨夜起きた事を思い出し、すぐさまうなずいた。夕焼けの中渡されたあのお守り。目の前のことと向き合えと言われたあの事を。
「……俺は、死ぬ。だが、それは俺の意思が潰えた訳じゃない。お前に渡したあのお守りは……俺の意志、そのものだ。受け継ぐと言うのなら、持っていろ。そうでなきゃ……『無限』にでも放り込んでおいてくれ」
「……」
芦名の目は、わずかに輝いたように見えた。




