第四百四十八話 死の解放
私の言葉に、一気にフレイの顔が青ざめる。
最後の敵は芦名よりも強い議長、それよりも、更に力を持つ存在ということになる。
そんな相手が奇襲を仕掛けてくる。……正直、私でも勝てるかどうか……。
視線が気づかないうちに下へと下がり、私自身どうしていいか分からずにいた。
しかし、その時だった。
「げほっ、がはっ! ___っ……」
唐突に、芦名が咳き込んだ。
またか、と思い振り返ると。
「……え。あ、芦名……」
唖然として口を開け、私は彼を凝視した。
そこにいた芦名の姿は、まるで上から絵具でもかけられたかのように、真っ赤だった。
だが、ただの赤と言うには、その色はあまりにも黒すぎる。
所々に泡が湧き立ち、彼の身体の側面は降りかかった絵具が未だドロリとして流れている。
そして、その発生源は、言うまでもなく____
「……時間切れ、だ……。もう、これ以上俺は……この世に止まっていられない……」
「……! だ、大丈夫だよ! また『変化』で傷を____」
「治せると、思うか……? さっきまでのとは訳が違う……。魂の方に、限界が来ているんだ……」
弱々しく、芦名は息も絶え絶えに私に語りかけた。
私が作っていた笑顔はその場で固まり、段々と力を入れていた表情筋が頼りげもなく緩んでいく。
沈黙と共に、手に宿る緑色の光はやがて静まり返った。
……何を、私は沈んでいるんだ? 芦名が死ぬのは、さっきからわかり切っていたことじゃないか。
今更……何を悲しむ必要がある?
自分の顔がどうなっているのかも分からず、誰にも見られないように下へと顔を伏せていく。
草むらしか広がらない視界に、私の聴覚はより鋭敏となる。彼が力無く頭を地に落とす音が耳に飛び込んできた。
「アシナ? アシナ⁉︎ そんな、まだ……まだ、死なないでください……!」
「そうよ! あんた随分色々やってくれたけど、結局は私達の為って事だったんでしょう⁉︎ これからは、私達と一緒に頑張ればいいじゃない……!」
フレイとサラマンダーが、芦名の顔を覗き込むようにして声を上げている。
「無茶、言うな……。これ以上俺に鞭打つつもりか……?」
か細く震える芦名の声に、フレイとサラマンダーの声は詰まったような音を出したかと思った次の瞬間には止んでいた。生きる事は、芦名の望んでいることではない。生きることに必死だった私達には、驚きにしかならないような事実だった。
前世の世界に生きていた私でさえ、今はそれが理解に苦しむ。生きることとは、望んで初めて叶えられる物だと思うからだ。けど……芦名は、生きることを、与えられ続けていたんだ。
昔の芦名が、転生したときの芦名が、彼の足枷になり続けていた。自分で立てた計画を自分で折る事が出来ずに、ずっと……ずっと、彼はそのためだけに生きていた。生きるしか無かった。
その目標が無ければすぐにでも死んでしまいそうなほどに……彼の転生後の生活は、全てそれに注がれている。……いや、達成するまで、永遠に彼を生の地獄に縛りつけるのだろう。
「ようやく……ようやく、死ねるんだ。俺が何年生きていたか知っているか……? 百二十年だ、百二十年。精霊に転生させられたお前ら二人も、フレイも、それほど生きてねえから分からねえかもだけどな……いつ死ぬのか皆目検討つかねえってのは、終わりのないランニングと一緒なんだよ」