第四百三十五話 確かな理由
私の言葉に、また沈黙が空気を支配する。
だが、それはそれぞれの思いが渦巻くような物と言うよりも、何も無い、唖然とした空気のようであった。
「……サツキ、今、なんて言ったの……?」
警戒と困惑が入り混じったような声色で、ウンディーネは訝しむような表情をしながら恐る恐る私に質問する。
「芦名を殺す必要はない、って言ったんだ。……いや、ごめん。どうにも話に入るタイミングが無くって、言うのが遅れちゃった……」
どうして話さなかったのかと問いただされる前に、私は先んじてウンディーネに謝っておいた。
だが、そんな事が耳に入る余地などないのか、ウンディーネはただただ私を見つめて止まっている。
だが、彼女が動くのを待っていると、左腕に妙な感覚を覚えた。
ローブが後ろから引っ張られているらしく、その正体を探ろうと振り向くと、そこに居たのは目を輝かせたフレイだった。
輝かせている、とは言ってもやはり不安は拭い切れないらしく、半々と言ったふうに上目遣いで私をおずおずと見てくる。しかし、それでも奥底にある期待は隠しきれないようだ。
「サツキ……本当に、アシナを殺さなくても良いんですか……?」
一瞬の間も無く、私はフレイに向けた頭を縦に振った。
みるみるうちに彼女の顔は喜びで満ちていき、笑顔が溢れようとするが。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
ウンディーネが焦った調子で彼女の表情に変化に待ったをかける。
「まだ、殺さなくて良い理由を聞いていないわ……。もしそれが可哀想だからとか、後々どうにか出来るからなんて物なら、私は認められない。しっかりと、説明して頂戴」
荒ぶる語気を徐々に弱め、冷静さを取り戻しながらウンディーネは聞く。
彼女は余程の理由が無ければ納得はできないようだ。……だが、その気持ちも頷ける。
悩んだ末に、覚悟を決めて出そうとした答えに横から口を挟まれて良い気がするわけがない。それは、自分の覚悟を踏みにじられているのも同然だからだ。
……しかし、それと共にウンディーネは芦名を殺したくない、と言う意思も持っている。
私が正当な理由を言うことを、ウンディーネは望んでいるんだ……目を見れば分かる。
ならば、私も、ウンディーネに誠意を持って答える必要があるだろう。
「……しっかりとした理由はある。私は……芦名の記憶を全部見たんだ」
「……記憶……?」
「うん。彼が、いったいどう言う理由で私たちに協力して、そして今殺そうとしているのか……その全てが分かった。それが、殺さなくて良い理由だ」