第四百三十四話 無責任
「っ……!」
「ウンディーネ!」
芦名が目覚めたことを察知し、ウンディーネは一秒の間も無くその身体を地面に浸し移動を始めようとする。
だが、頭が完全に溶け込む直前、フレイの必死な声を聞きその動きは止まった。
「……フレイ、目覚めたとしても、きっとまだ意識は薄いわ。私ならすぐにアシナを締め殺せ____」
「ウンディーネは……本当にアシナを殺したいんですか⁉︎ アシナがいなかったら、イツが助かることも、私達がサツキに辿り着くことも無かったんですよ⁉︎ アシナが居なかったら、今頃私達はここで呆然と過ごすしかなかったのに……!」
必死の形相を形作るフレイの捲し立てるような口調は、語りかける、というよりはむしろ一方的に言葉の弾丸を撃ち込むようであった。
ウンディーネに対しての配慮よりも、芦名をとにかく助けたい、という思いが爆発しているように思える。
そのような言葉遣いは、ウンディーネの冷静さを欠かせるには、十分で。
「っ……、殺したい、殺したくないの問題じゃ無いのよ! 殺さなきゃいけないの! もう誰も悲しまないようにする為には、目の前にある危険は排除しないと行けないのよ! それが……自分を悲しませる事になっても……」
ウンディーネはフレイに背を向け、既に芦名のめざめつつある身体を睨み据えていた。
ウンディーネの気持ちはフレイに近い物だ。一度仲間になった人間を殺したくない。一度でも、信頼を向けた人間には……と。
それを感じ取ったためか、フレイは瞳を震わせ、目を下へと向けた。
その瞳の色は、後悔の色をしていた。
いつでも、ウンディーネは芦名の元まで移動する事ができた。だが、二秒、三秒と経っても、彼女が動き出す事は無い。その場で、地面から頭を沈めぬまま、蛇に睨まれたカエルのように、微動だにしていなかった。
その時。
「……ウンディーネ、ちょっと良いかな?」
私のかけた言葉に、ウンディーネは後ろ姿でも分かるほどに反射的に動く。
それを悟られていないと思ったのか、冷徹を装った視線を私に向けると。
「……何? 私にできる事は、もう限られているのよ……」
その言葉と共に、彼女の眉が僅かに険しく動く。
それが本心からか演技からかは定かでは無い。しかし、本心なら、その表情の理由は……無責任な私に対してなのだろう。
だが、彼女に対して恐れを抱く事はなかった。どんな表情であろうと声色であろうと、私の言うことは、決して変わらないのだから。
「……ウンディーネ」
身構えるように、更にウンディーネの表情が険しくなる。
「……芦名は、殺さなくて良い」