第四百二十八話 苛立ち
雄叫びを上げ、私は天高く振り上げた拳を彼の頬に向かって叩きつけた。
これまでになく私の拳はうなり、彼の、芦名の頬に顔面全体の形が変わるほどにめり込む。
「ぐぉ……! て、めえ……頭、おかしいんじゃねえのか……⁉︎」
「おかしいさ! これまでに無くおかしいとも! 君はいっていたよな⁉︎ ここに連れられてくる人間は皆狂人だって! 今なら癪だけど賛成できるよ! 私の頭も、狂っている!」
そう、理屈では私のしていることがこの先とんでもないことを引き起こすだなんてこと、十分に分かっている。でも、サラマンダーをあんな風に侮辱された怒りは全然収まらない。
きっと、この怒りはあの芦名の身体を木っ端微塵にしなければ収まらない。
「もう一発!」
「分かってねえな! 時間切れだ!」
そう芦名が叫んだ瞬間、私の目の前は一瞬で暗黒に包まれる。
次の瞬間、目に映ったのは。
「あ……芦名。お前、一体何を……」
目の前で、困惑の表情を見せる芦名の父の姿だった。
視界の端では、真っ赤に染まったナイフが再び見受けられる。血生臭い匂いが鼻腔を埋め尽くす。
血と、肉の感覚を一身に受ける中、私の、次に出た反応は。
「ああ……もう。折角! 折角後もう少しで殴り飛ばせたって言うのに! タイミング悪いんだよおおおお!」
そう叫び、彼へと飛びかかっていった。
恐怖でも、絶望でもない。私の心は、この光景に苛立ちしか覚えていなかった。
目の前の男を飛びかかった力を使って押し倒す。
抵抗できないように、足を使って器用に彼の四肢を押さえつけた。
「あ、芦名⁉︎ やめろ、やめてくれ……ぐぁっ⁉︎」
「早く! 芦名を! ボコボコに! しなきゃ! いけないんだよ! さっさと! 死ねえ!」
言葉を叫びながら、何度も何度も私は男の身体にナイフを突き刺した。
自分の体で動いているのか、それとも操られているのか。そんな事はどうでも良い。とにかく、あれ程傷を与えたんだから、ひとまずこの目の前の男が死なない限りは恐らく私もここから出る事は出来ない。
だから、痛そうとか辛そうとか、可哀想というよりも、今は、殺さなきゃいけない、と思っている。
「が、ふっ……」
最後の断末魔と言わんばかりに、男の口から血が吹き出た。
……ようやく、死んだか。