第四百二十四話 狂人芦名
私が消失した直後、闇はお互いにぶつかり、一瞬のうちに消滅した。
それと同時に私は手放していたサラマンダーの近くに再出現し、彼女を手に取る。
芦名は私が飲み込まれなかった事を察知したのか、首をこちらへと傾け、目を失った空洞ばかりの瞳で、私をギラリと睨み付けると。
「……まさか、まだ精神崩壊を起こしていなかったとはな。後、ほんの少し……俺の皮膚一平方センチメートルでも剥がれればお前に父さんの分も見せられたはずだったんだがな……。計算違いだった……」
感情の読めない口調で芦名は低く呟く。
しかし、あれだけのものを見せられた後、私は……彼のことが一層分からなくなっていた。
「……どういうつもり、なんだ……? 何故、あんなふうに家族を殺せるんだ? 私の精神を揺すぶるには十分すぎるほどだった。けども……そこじゃない。君は何で自分の家族を殺せたんだ?」
先程の恐怖が抜けきれず混じってしまっていたのか、私は声を震わせつつ芦名へと問いかけていた。
「あそこは、普通の家だった……。何処にでもある、平凡で、平和な家族。君もその中にいて、何かの祝い事を待っていたはずだ。……それなのに、何であんな事ができる……? 隔たりも! 諍いも何も無い自分の家族に、何の不満があってあんな惨殺が出来るんだ⁉︎」
私は昔から自分の合理的な性格を、両親に好まれていなかった。
幼稚園や小学校では度々クラスを無理矢理引っ張っていると先生に言われ、果てには私がクラスの演劇で、木が適任だと伝えた子供の親がうちに押しかけてくるなんてこともあった。
その度に両親は疲れた顔をしてため息を吐いていた。そのため息の理由は幼かった私には分からなかったが、それでも自分のせいで両親が苦しんでいるのだということは理解していた。
……結局、そういう事が無くなったのは高校に入ってからだった。
今でもたまに思い出すぐらいには家族との軋轢というのは、あの時の私にとっての悩みの種であったのだ。
「君は……私と違ってどこまでも普通だったじゃ無いか! あんなんじゃ、さながら君は狂人だ!」
「そうとも、俺は狂人だ。お前と同じくらいにな」
「ッ……! 君と私じゃベクトルが違う! 納得行かないんだよ……! 幸せな家族が、あんな風に何の原因もなしにいきなり終わるだなんて!」
私がいくら叫んでも、芦名の表情は変わらない。
ただ、徐に彼は手を自分の胸へと当て、呟いた。
「だから……教えてやるっつってんだよ。さっさと、来い。目的も、計画も、俺の本当の姿も、何もかも教えてやる。……俺を……壊せ」