第四百十九話 純粋な敵意
芦名を強く睨みつけ、私は吐息の多く混ざった声を吐き漏らす。
芦名は黒く焼け焦げた皮膚にヒビを入れながらも、ほくそ笑みながらこちらへと笑みを向けた。
「何って……簡単な話だ。お前は俺の記憶を見たんだよ」
「……何、だって?」
「今の俺の身体は記憶で作り出されているって言ったよな。精神世界に散らばっている微粒子みてえに小さい記憶を固めて、固体になっているんだよ。だから俺の身体を削ればそこから記憶が漏れ出していく。漏れ出た記憶はお前の方へと向かい、五感を通してお前に俺の追体験をさせたってわけだ」
私は苦しんで荒くなっていた呼吸すら止め芦名の話を聞いていた。
あれが……芦名の記憶? だとしたら、あの声も芦名で、あの女性と会話していたのも芦名で……それで……
「……芦名、君は、あの人を殺したの?」
「ああ、そうだよ。あれは俺の母さんだ。どうだ? 実際に見て、納得できたか?」
何でもないことのように芦名は軽く返すと、それよりも重要そうに私の意見を伺う。
自分の母親を、殺した、のに……何も感じていないのか?
「……納得できたかなんてもんじゃ無いよ。君は、あの時何も思わなかったの⁉︎ ナイフの反射で、君の表情を見た! 無表情だったよ……! 何も感じていない、まるで蟻を潰す子供みたいに……いやそれ以上だ! 子供だってそこに感情の動きはある! 君は、空気を吸っているみたいに自分の家族を肩から切った!」
私は捲し立てるような早口で彼を咎めた。
しかし、顔を伏せるばかりで芦名は罪悪感なんて端から無いかの如く返答をその口をつぐむ。
感情の動かない芦名に苛立ちか悔しさか判別のつかない感情が、顎を締め付ける。
喉元を誰かに焼かれているような熱さに駆られ、私は矢継ぎ早に言葉を吐こうとしたが。
「っ……! 数秒前まで談笑していたっていうのに、いきなりどうして切ることが____」
「うるせえ」
低く、唸るような声で芦名は一言そう呟いた。
表情こそ何の変化もなかったが、その声色は確かに私に対して憎悪を向けていた。
今まで、一度もそんな感情的になることなどなかったために私も思わず口を押さえつけられたような感覚に陥って息を詰まらせる。
芦名は私が黙ると、すでに語ろうとしていたのか数刻の間も持たずに次の言葉を述べ始めていた。
「知りてえって言うんならよ……ギャーギャー騒いで無いで俺に攻撃しろよ。俺が答えだ」
芦名の憎悪は、研ぎ澄まされた敵意へと変化していた。
それに私も調子を取り戻し、改めて呼吸を整えて芦名を見つめた。
結局……やる事は変わらないか。とにかく……芦名を倒すしか無い。