第四百十七話 待ち望むもの
私はしてやったりと笑みを浮かべながら勝ち誇った感覚を覚えつつ、膝から崩れ落ちる芦名の姿を見届ける。
当たり前だが、ただの炎では突き進んでいくのは別として跳ね返る等と言うことはまずあり得ない。
炎を物質として、動かせるものとして扱うなら……何かに宿す必要があるんだ。例えるなら松明とか、薪とか……。ただ、サラマンダーの火力だと一瞬で燃え尽きてしまうし、そもそもの話何かに宿した時点でそれはただの炎だし、爆発的な火力は望めない。
だから、炎自体を固体にしてしまった。
サラマンダーの炎の燃料は酸素ではない。撃つ前にたっぷりと注がれたマナが燃え盛る動力源となって、炎はそれが尽きるまで燃え続ける。『変化』で私の注いだマナを凝結、凝固させ……輪郭を持つ炎を作り出したわけだ。
「……」
……ま、今芦名にこれを説明しても意味はないか。気絶してるし。
自動防御を彼が可能だったら危なかった……。正直一種の賭けだったかもしれない。もし、あれを防御させられていたら……。
ふとそう思い想像してみるも、怖気立つようなイメージが浮かんできたのですぐに止めた。
とにかく、成功は成功なんだ。今はそれを喜ぼう。そう思い、私は背を芦名へと向け。
「……ふいー……。サラマンダー、ありがとう。さっきのマナ、かなり身体にキツかったんじゃない?」
私は正念場を乗り越えた反動で身体を脱力させてしまい、四肢の力が抜けていく。
それでも、喜びを分かち合う為にサラマンダーに向ける笑顔だけは忘れなかった。
「全然大丈夫よ! ただまあ、確かにいつもと感覚は違ったわね。こう何と言うか、喉奥……を……」
それにしても……やっぱりまだ出口は出ていないな。
というか、芦名って今気絶したからここに来たんだよな? だとすると今度はどこに行ったんだろう……?
「ちょ……ちょっと……サツキ……」
もっと深い精神世界とか? ここに芦名に関するものがあまりない分、別に精神世界がある可能性も……。
「サツキ、サツキ!」
サラマンダーに二回も続けて呼ばれ、私は内に向けていた意識を外へと引き摺り出しハッとした。
何か気になることでもあったのかな? もしかしたら、出口かも……!
「どうしたの⁉︎ サラマン、ダー……」
嬉々としてサラマンダーへ顔を向けたが、その感情はいとも容易く萎み、枯れてしまった。
サラマンダーの雰囲気が、違う。警戒している……。でも、一体何に……。
「駄目よ……あんたとどめをさせて無かったのよ……! あいつ、まだ意識があるわ……!」
サラマンダーの鬼気迫る語気に、私は彼女の言うあいつが、誰と言われるまでも無くわかった。
脱力していた身体が一気に強張り、半反射的に後ろを振り返ると、そこには。
「……ぅ、はあ……」
完全に投げ打たれていた肩を力ませ、彼は項垂れる首を上げていく。
覗く瞳は血走り、白くひっくり返っていた目玉をぐりんと戻して私へ向けた。
芦名が、意識を取り戻した。
「っ……!」
私は咄嗟にサラマンダーを構え、戦闘態勢を取る。
しかし……まずい……! もう不意打ちは通用しないぞ……! 何か、手立ては……。
「……く、くく……」
「……?」
私は芦名がその瞬間攻撃してくるものだと思ってた。一瞬で自分が覆われてしまうものと覚悟していた。
しかし、芦名はまるで攻撃して来ない。むしろ、笑い声をくぐもらせながら見せつけるわけでも無く、一人ほくそ笑むように笑っていた。
恐怖は感じないが、困惑は感じた。
何故……今になって笑える……? 私に、たった今殺されかけたというのに……。
「……ああ、いいぞ……順調だ……お前は攻撃してくれた……これで、完璧だ……即死攻撃じゃ無かったのが、もっと良い……!」
「……な、何の話を……」
「今に分かるさ……」
次の瞬間、私の意識は彼方へと飛んでいった。