第四百十五話 秘策
「……」
先程まで頭の中に渦巻いていた焦燥は次第に薄れていき、私は構えていたサラマンダーをゆっくりと下ろす。
手首のスナップを利かせ、露払いするかの如くサラマンダーを振るう。
すると、サラマンダーの刀身は水滴どころか炎を滾らせ始め、熱だけでは無い、本物の炎を纏い出した。
芦名は怪訝な顔こそするが、まだ攻撃は仕掛けようとしない。
それを分かっているからこそ、私は彼をジッと見つめながら手先だけはサラマンダーの刀身の上を滑らせる。
サラマンダーの刀身は繊細だった。マナを送り込めばどのような風にでも力を発揮することはできたが、たった一ミリ、一度の角度でその指向性は大きく変化する。私の感情にも左右され、殺意を抱けば全てを焼き尽くさんと猛る黒炎に、希望を抱けば全てを照らさんと輝く白炎へとその性質を変える。
今、私の感情は……恐らくどちらでも無い。今からやろうとしている事に雑念を入れる余地などないからだ。
ただ黙々と、私はサラマンダーの両面を覆うように手を被せ、機織りのようにゆっくりと、一つ一つ紡ぎ出すように彼女の刻印に青色の光を結びつけていった。
炎は揺らぐ事なく、私の手など始めから無いかのように自由に燃え続ける。
その中では、糸が溶け出し、青色の粒子となって飛び交っていた。
サラマンダーの刀身は、炎の熱に当てられ、刻印どころか黒く光る峰も白く光る刃先も今や白熱となって溶け出してしまいそうだった。
しかし、溶けることはない。
サラマンダーは、繊細であると共にそれを覆す程の根性と豪胆さを持っている。
決して自ら折れることはない、銃弾だろうが隕石だろうが、彼女には敵わなかった。
彼女が帯びる熱に当てられ、私の頬はわずかに紅潮していた。
普通なら脳がやられてしまいそうなものだが……今、この時だけは違った。その熱が……私を、より目の前へと集中させていた!
「はぁっ!」
瞬間、貯めに貯めていた一撃が振られる。上から袈裟斬りのように切る振り方から、下から突き上げるように切りつける振り方へと変化していた。
炎は、これまでにないほどに力強く、真っ直ぐとした炎だった。
純粋な炎は、飲み込むと言う意思もなくただただ燃えながら、その輪郭を突き進める。
……だが、その方向に、芦名はいなかった。
「……は?」
呆気にとられて芦名ははるか遠くへと飛んでいく炎に視線を取られる。
気の抜けた口を開け、気づけば赤い点となった炎を、芦名はいつまでも見続けていた。