第四百十三話 前哨戦
「……」
サラマンダーは、返答しなかった。
しかし、その代わりとでも言うように彼女に刻まれた刻印が熱を帯び始め、その色を強めていく。
黒金色のサラマンダーの刀身は赤く光り、私の顔をほのかに照らす。それと共に、私の頬にもうだるような熱さが染み渡ってきた。……マナの操作に集中している。今のサラマンダーなら先ほど以上の力が出せるだろう……。
つまりは、私もサラマンダーも、意思は同じと言うことだ。
そんな私達を、芦名は伺うようにじっと見ていた。
しかし、焦りは見えない。汗一つかかず、まるで朝の寒空の下にでも立つように芦名は無表情を貫いて、落ち着き払った面持ちで、サラマンダーを構える私の姿を眺めていた。
……思えば、芦名は殺し合いの状況になっても、一度も焦ったりなどはしていない。
例え自分が殺される直前であろうが、泣き喚きもせず、交渉も挟む気も感じられなかった。いや……むしろ、殺される事が望みなのかと思うほどに、自分の生死に無頓着だった。
転生者達は、ある程度の例外を除けば死ぬ事を恐れていた。私が石に吸い込もうとすればそれを止めるよう懇願したし、その場だけでも生きようとプライドもかなぐり捨てていた。
一部の例外というのは……コウキや、ヘイハチの話だ。
彼らは、守るべきものを持っていた。自分以上に大切な、引き換えようのない存在を得ていた。……そう、仲間だ。
私も自分がフレイ達の為に死ぬのは、周りのその後の感情とかを無しにすれば怖くない。
仲間がいれば、彼らのために、ぬるい現代で生きていた私達のような転生者だって身体を張れたんだ。
……だが、芦名にはそんな存在はいないはずなんだ。彼が殺人鬼である事に間違いはないが……それが死を恐れない理由になるかと言うと、判断がつけ辛い。
彼は、どうして死を恐れずに戦えるんだ……?
「……どうしたんだ、戦わないのか?」
不意に芦名の言葉が耳に入り込み、私はハッとした。
いけない……二秒程度ではあったものの、また変に考え事をしてしまった。
敵に助言を受けて戦い始める等呆れるような話だが……今はそんな事を言っている場合じゃない。
前に突き出していたサラマンダーを肩の一直線に並ぶようにして私は構えた。
視界の下側を腕が覆うが却って狙いが定まって良い。右手だけに握っていたサラマンダーは、構えた先から左手が添えられ、更に安定感を得る。
刃先から峰まで見えるように構えられていたサラマンダーは徐々に角度を変え、その表面を二次元に折り畳むが如く薄くさせていく。
空間に生じたわずかな隙間と見間違えてしまうほどにサラマンダーは薄くなった。しかし、彼女から溢れ出る熱気は圧倒的な存在感を放ち、確かにその刃先を彼へと向けていた。
……今度こそ、最後の殺し合いだ。