第四百八話 無関心
「……うん、ごめん。ありがとう」
サラマンダーの落ち着いた調子の声を聞き、汗が引いていくのを感じる。
深呼吸をし、冷たい澄んだ空気を体内へと取り込むと、吐き出す二酸化炭素と共に恐怖や不安が抜け出ていく感覚を覚えた。
……大丈夫だ。芦名が何を考えているからと言って、私が恐れるようなことなど何も無い。
もし、フレイ達に何かあったとしても……そこで私が悲しみにくれているわけにはいかない。もしそうなっていたら、怒りにかえてやれ。自分で言うのも何だが何の制約もなく相手を殺すだけと言うなら私に不可能な殺人なんてない。
芦名の不可解な笑いに、彼が一体何を目論んでいるのか、そしてそれに付随して何が起こっているのか。
私は不気味さを感じながらではあったが、それを振り払いつつ彼の笑う姿を目を逸らさずに見続けた。
すると、数十秒経った頃だろうか。相当長く笑った芦名は、遂にその笑い声を引かせ始めた。
「はははは……は、は、……はあ……ふう。久しぶりに腹の底から笑ったな。で、何か質問をしていただろ。
何だ?」
笑い終えたかと思うと、芦名はこちらの感情など脇目も振らずにさっさと話の続きを始めようとする。正直少しその空気の読めなささに腹が立った。
かと言って、その会話に乗らない手は無かった。先程までの壊れたような笑いっぷりなど初めからなかったかのように私へと話を振る芦名は間違いなく正常だ。
また、いつ何の解説も無しに攻撃して来るか分かったものじゃ無い。今のうちに聞けることは聞いておかないと……。
「……何がさっきはそんなに可笑しかったのさ?」
「いや……やっと仕事が終わると思うとな、どうにも笑いが止まらなくてな。お前もそう言う経験はあるんじゃ無いか? 社会人だろ」
……別に苦に感じたこともなかったので共感はできない。
いや……そんなことよりも、だ。今仕事が終わる……と言うのはどう言う意味なんだ? 仕事と言っても色々な表現の仕方がある。職業に基づく仕事……は、今はどう考えても関係ないだろう。
他の意味で言うと、自分がやるべきノルマとか、目標に比喩される物だ。……でも、自分で決めた目標なんかは、夢とか、そう言うプラスの表現をするのが普通のはずだ。自分でしたいから決めたことに、仕事だなんて課せられた物らしい仕方なくやっているような意味合いをつけるのはおかしい。
……ともすれば、やはり彼の言う仕事というのにもある程度の可能性が絞れる。
と、ここまで考えたのは芦名の言葉を鵜呑みにしないため。矛盾点を拾えれば、嘘の情報にも騙されないはずだ。幸いにも今は時間があるし、十分考え込める。
「……誰かに課せられた指令か何か? そもそも、内容は何なのさ? 君のいう……仕事とやらは」
私は、芦名の目を見てはっきり言ったつもりだった。
しかし、顔を上げて彼の顔を見ようとしたとき、芦名は何も無い宙を眺め、私の方向には何の興味も抱いてなさそうにしていたのだ。
「……芦名?」
眉を若干潜め、私は改めて芦名に問いかけた。
何か、妙だったのだ。先程まで芦名はこちらに常に注意を向けていたはずなのに、いきなり興味を失ったかのように宙を見ていた。
私の言葉が聞こえていたのか、芦名は声を漏らすとこちらへと横目で視線を向ける。
しかし、黒色の瞳は次の瞬間には、またその横側を見せるだけとなり。
「……さあな」
そう、一言どうでもよさそうに呟いた。