第四百二話 状況
それから、私達はアシナの状態を調べ始めた。
どうやらアシナはかなり強い力で突き刺したらしく、彼の肋骨を打ち砕いて深々と胸部に穴が開いている。
脈はあるし、不思議なことに呼吸も安定している。しかし、意識は完全に失っているらしくいくら揺すっても目覚める事はなかった。『無限』には、変化が見られない。その上、これだけ調べても私達に一切危害は加わってこないのだ。
「……どう言う事なんでしょうか……」
粗方調べ尽くし、一番近い木の根本までアシナを下ろしたところで、私はため息まじりに呟いた。
まるでアシナのしようとしていることが読み取れない。
調べても何も進展は無く、私は再びアシナをまじまじと見て頭を悩ませていた。
そうして一人ブツブツと呟いていた時。
「……ねえ、フレイちゃん」
「ん? 何ですか、イレティナ?」
彼女に返答を促すも、言おうとしたところでイレティナは少し言葉を詰まらせ唸る。
言おうかどうか迷っているのかもしれない……。が、そう考えていた次の瞬間、イレティナは決心したらしくぽつぽつと話し始めた。
「……アシナさんって、その……もしかしたら、だけど。自殺しようとしてたんじゃないかな……?
ただ自分を気絶させるだけだったら、ここまで強く抉ることもないし……。自殺の理由はわかんないけどね?」
自分の意見に自信がないのか、はたまた自殺の意志を予想することに抵抗があるのか、イレティナは伏目がちにこちらを上目遣いで見ておずおずと語った。
……しかし、彼女の意見も一理ある。あそこまで血を吹き出し、深く抉れる傷を気絶だけの目的でつけるとは思えない。理由はどうであれ、彼が自殺を図ったという可能性も……。
「二人とも。考えてくれてるとこ悪いんだけども、どうやらその線は無さそうよ」
その時、ウンディーネが再びアシナの身体から這い出して私達の目の前に立つ。
よくあのような血の海の中を潜れる物だ……。いや、それよりも……。
「その線は無い……? アシナが自殺目的である可能性はゼロ……と?」
「ええ、そうよ。この傷、もう一度見てご覧なさい」
そう言ってウンディーネは、アシナの身体を私たちの眼前にまで持ち上げる。
ちょうど傷の出来た場所と目の位置が同じになるような場所だった。
傷からは僅かに血が流れ出、筋肉の繊維が穴から姿を見せる。奥では肋骨であろう場所が真っ二つに割れその先端が……。
「う……」
「辛いのは分かるけど、しっかり見なさい。じゃないと私だって説明できないわ」
……血を見るのは苦手だ。あり得ないほどに真紅に近いあの色は、変な気分になってしまう。
しかし、ウンディーネの説得もあり、渋々私は中を覗き見ようとした。
私のすぐ隣でイレティナも覗く。イレティナは特に何も感じていないようだ。
私達が見たのを確認すると、ウンディーネは静かに一言呟いた。
「……これね、ギリギリの所で死なないようになっているの」