第三十八話 潜入捜査
私は優雅に紅茶を啜る。
一口、豊潤な酸味と香りを味わい陶器と陶器が触れ合う音がする。
「それでカスミ、あのサツキは仕留めてきたの?」
黄緑色の髪をした小さな男の子は紅茶に手も付けず私に向かって眼差しを送る。
ここでは滅多に見ることの無かった化学繊維らしき服を彼は着ている。
黒を基調とした服に髪色と似た黄緑色の線が入り込んでいる。
「え、ええ、もちろん。それよりもエヴァー、その紅茶飲んだら?早くしないと冷めちゃうわよ?」
私の言葉を聞き、エヴァーと呼ばれた男の子はふむ、と呟き紅茶を飲む。
「カスミ、君がそんなことを言うのも珍しいな。何かあったの?」
その言葉を聞き私は言葉を詰まらせ右上へ目を逸らす。
「え……あーその……こ、紅茶の本を読んだのよ!そこに冷めると美味しく無いって書いてあったから……」
とっさに浮かんだ言葉を使い私は取り繕った。
「カスミさんが本読むなんて驚いたなあ!明日は雪でも降るんじゃ無いか?はっはっは!」
私の右隣にいた男は愉快そうに笑う。
ペールラベンダーの髪にグラデーションのようにシアンブルーのメッシュをかけ、服は不思議なことにこちらもラフな服装。Tシャツ一枚だけの上着にジーンズパンツをはいている。
「は、ははは……」
私は奇異な目で彼らを見てしまったが、気付かれてはいないようだ。
でも考えても見て欲しい。異世界に転生して武士のような服装などはまだ生地の問題も納得できる。
植物的な繊維だから。じゃあ洋服は化学繊維だぜ?ポリエステル。ゴスロリとかも見えるが、私はどちらかというとボケる人間だ。もうツッコミきれない。
このピンクの鎧……今私が着ているわけだがむしろこちらの方が異世界には似合う。
そう、私はピンクの鎧を着てカスミと呼ばれている。
じゃあ今こんなことを考えている私はカスミか?……いいや、違う。
カスミは私が仕留めた。スキル『変化』で私は自分自身をカスミへ姿を変貌させている。
そう、こんがらがってきたが、要するに私は中西沙月なのだ。
現在は潜入捜査中。単身で敵の城へ乗り込み全員暗殺する。
で、何故一人なのかと言うとそれは十時間前まで遡る事になるのだ。
「それでサツキさん、どのような作戦をお考えなのですか?」
会議室にて、私達は再び集まっていた。
エルゲは柔らかそうな椅子に座って背をもたれる。
「聞きたいかい?ならば聞かせてあげよう。潜入、偵察、及び暗殺。全てを実行する作戦、プランIRAさ!」
ちなみにIRAとは潜入を英語にしたInfiltration、偵察のReconnaicance、暗殺のAssassination の頭文字を取った作戦名だ。
自分でもびっくりするほど捻りが無い。
「それだけでは何もわかりません。もっと具体的に」
エルゲは呆れたようにため息を吐き顔を片手で抑える。
「へいへい、わかってますよ……。調べた情報だとあの王様達はエブルビュートという国の城に集まって会議をしているらしい。エブルビュートの国の王、エヴァーがこの同盟の盟主だからだ。んで、今日集まる予定だったらしく……
今、カスミはいない。つまり?」
私は机にもたれかかりながらエルゲの方を見上げる。
「……そのカスミに変装して侵入すれば良いと?」
「ビンゴ!私のスキル『変化』でカスミへ姿を変える。そしてそこの会議で情報を得てあわよくば王も暗殺しちゃう」
私は指を鳴らし、自分の姿を液状へと変化させカスミの姿を形作る。
「ちょ、ちょっと待ってください!別にそこで情報を得なくてもサツキのスキルでどうにかなるんじゃ無いですか?それに私達が協力することが……」
そこでフレイの言葉は詰まる。
できない、とフレイは言おうとしたのだろう。確かに今回は潜入という観点ではフレイは一緒に戦えない。
でも、それ以外にも協力してもらう事があるのだ。
「そこは問題ないよ。今回もフレイにはしっかりと働いてもらう。もし私がバレたりしてピンチになった時は、フレイに助けてもらう。そして、情報についてだったね。私のスキルはマナを経由して知識を得る。
でも、マナと言うのは結構変化しやすい。サラマンダーやウンディーネみたいな精霊、フレイの『機械仕掛けの神』、こんな風にあらゆるものに姿を変える。
それは情報の書き換えも起こりうると言うことだ。何も『変化』だけがマナを書き換えられるわけじゃない。
重要な情報は自分で手に入れるのが一番なんだよ」
ネットリテラシーならぬマナリテラシー。情報に踊らされてはいけないのさ。
私は椅子の革の背もたれに寄りかかってリラックスする。
フレイはそれでも少し不安そうに顔を俯けていた。
私は椅子を立ち上がり、フレイの柔らかな髪に覆われた頭に手を乗せる。
「頼りにしているからね、フレイ」
フレイは少し顔を赤らめ手を除ける。
「私はサツキよりも年上ですよ……まったくもう。分かりました。少しでも危なくなったら呼んでくださいね」
というわけで、私は今エブルビュートにいる。
しかし……何を話すか……
「最近スキルの調子はどう?あんたの神速は足を壊しかねないからね。ちゃんとメンテナンスしている?」
エヴァーはさっきよりも少し優しげな声で返す。
「え?ええ。大丈夫よ。エヴァーくんのスキルはどうなの?」
「僕は炎だよ。特に気になることは無いさ」
……え?
有り得ない。転生者のスキルならもっと強いはず……。
それに彼のスキルは……
「エヴァー君。炎じゃ無いよね?もっと別のスキルのはず……」
「ははは、カスミ、今更かい?それは僕たちの決まりごとじゃ無いか。お互いのスキルは______」
私はエヴァーが言い終わる前に一言喋る。非常に不味いことだった。
「君のスキルは『破壊』だろう?」
私がそれを言うと、私の紅茶があった机の部分を丸くくり抜くように穴が開く。
「……何故知っている?」
前を見るとエヴァーは先ほどとは打って変わってこちらを鋭い目で睨み付けてきた。
「何故知っていると聞いているんだ!」
私は『万物理解』から感知して咄嗟に身をよじってかわす。
振り返ると後ろの壁にはいくつも穴がポッカリと開いていた。
……あかんなあ、これ。もう仕方がない。折角だし派手にしよう。
「……何故かって?フフフ……バレちまったらしょうがない。私こそ君たちが目の敵にしている張本人だからさ!」
私は開き直って大仰にセリフを言う。
何故こんなに平気そうかって?そりゃあ助け舟があるからさ。
私はポケットに入っている小さな塊を潰す。
「ナカニシサツキ!こいつタケルの『変化』をコピーしていたか!ここで始末する……なんだ?なんの音だ?」
エヴァーを除いた四人は何処かから聞こえてくる音に耳を立てる。
すると、突如壁から棘が見え、そのまま大穴を開ける。
ドリル状になった白い物質。その中から私が乗り込めるくらいの穴が開き瓦礫が音を立てて崩れる中少女が声を上げる。
「サツキ!来ましたよ!」