第三百九十四話 念願
そう叫び、一瞬の間も経たない間に私は目の前へと手を伸ばす。
その手は、虚空へと伸びていた。……だが、何かに当たる感触が、私の掌から伝わってくる。
「……そこかっ!」
目に見えないそれを、私は力一杯に掴み取った。握りしめた物体は細く、まるで棒切れのように握り甲斐の無い物で、以前サラマンダーを握った時の感触とは全くの別物だった。
……だが、それでもわかる。この物体の奥底から感じるマナは……間違いなくサラマンダーだ。
手に握りしめた物体を、右手を捻って動かすと遠くに見えるサラマンダーも同じように連動して右方向に回転する。それこそが、私が握っているこれがサラマンダーであることの何よりの証拠だった。
「よし……! 『変化』!」
その瞬間、私の周囲を囲っていた光の群れは一瞬のうちに姿をくらました。周囲の不純物を全て取り除き、光の屈折を消し去ったのだ。サラマンダーが見つけられていない時に、やたらめったら周囲を別の物質に変えていたらサラマンダーまで巻き込まれかねなかったけど……サラマンダーの近く以外に『変化』を使う事で、それは免れた。
後に残っているのは……ただ、この手を引く事だけだ。
若干下を見下ろすと、そこには未だ宇宙のような輝きを秘める球体があった。
その球体の中に突っ込まれている私の手は全く見えない。……この中に、サラマンダーがいるんだ。
まだ目には見えていないけども……これに、熱を感じる。生きようとする、生物の意志が感じられる。
今にも消えてしまいそうな程に儚げな、弱々しい感触にも関わらず、その精神だけは、決して死ぬ事等受け入れようとしていない。
サラマンダーはまだ生きている。生きたいと思っている。
時間切れになってからは、分解が絶えずサラマンダーを苦しめ続けていたはずなのに、それでもサラマンダーは、生きることに嫌気なんて微塵もさしていなかったんだ……。
「……ごめん、サラマンダー。もっと早く助けていられれば、君を苦しめずに済んだかもしれないのに……」
「……」
煌めきの中から返事は返ってこない。それは私が遅すぎた苛立ちか、それとも気絶して返事もできないのか。……いや、どちらでも無いだろう。もっと言うべき言葉を、私は持っているはずだ。
私ははやる息を整え、目の前の煌めきへと意識を集中させる。
すると、球体の形を成していたそれは段々とその輪郭を崩し始める。しかし、周囲に拡散しているわけではなかった。むしろ……その逆だ。
煌めきは、その中心へと吸い込まれていっていた。寿命が訪れ、自らその身体を内側へと吸い込んでいくブラックホールのように、見る見るうちにその輪郭は崩壊し、収束する。
だが、内側にいで始めた物は穴と見間違う程の黒い球体……では無かった。
そこには、輝きがあった。光の反射を何度も繰り返し煌めきを帯びていた塵達が、一点へと集中していく。それと共に光も集合していき、青や赤、様々な色に光っていた光達は……一つの、純粋な白へと昇華していった。
そして、光は新たな物質へと変わっていく。それは、鉄であり、布であった。
欠けた物を取り戻すように、削り取られた部分へ次々と付着していく。それに連なって、私の握る柄の心地も、握り覚えのあるものとなっていた。
「……」
光の屈折はとうに消え、そこには真っ暗な空間の中、一つの刀があった。刀は、暗がりにも関わらずその身に刻まれた刻印を燃えるような赤に光らせ、自分の姿を露わにしていた。
……見間違えるはずも無い。皆と、私が望んで取り戻した仲間なんだから。
「おかえり……サラマンダー」
「……ただいま」