第三百九十一話 思考停止
「……」
周囲は、何も変わらない。一つ変わったと言えば、私だけだった。
「……」
先程まで、世界の果てにまで飛ばさんとしていた声は今や響かせることをやめ、唾液を呑むことだけを続けて静まり返っている。焦燥を感じていた脳は、その極点に達し思考回路が振り切れてしまった。
私はただ、茫然として暗く広がる景色を見続けていた。
失敗した、失敗した、失敗した。その事実を把握し、認知したところで私は次の思考には移せなかった。
失敗したから、何なんだ? ……知りたくも無い。
そうして思考を拒否するも、目の前の現実は一秒の間に何十回と私にその事実を認知させる。
防いでも、防いでも目の前の現実は一切変わっていなかった。悪い夢、なんて笑える話で済むわけがない。
現実を知れば、私がどうなるか分からない。悪くなるのか、良くなるのかすら分からない。だが……現状を変えることよりは……マシだろう。
思考を停止して、暫くもしないうちに三人の顔が浮かんできた。
現実すら拒否しては頭の中のものを思い浮かべるしかないわけだが……それと同時に、私はボンヤリと考え始めていた。
皆に任せられたのに、私は失敗した。帰ったら、皆に知らせなければならない。……知らせて、私はどうするんだ? ……そうだ、皆と一緒に、サラマンダーが死んだことを______
「____!」
その瞬間、私の背筋に悪寒が走った。
気付いた、気付いてしまった。考えてしまった。知ってしまった。いや、もとより防ぐなんて不可能な____
瞳を揺らせ思考を張り巡らせる中、容赦なく私の脳は、サラマンダーの姿を思い浮かべてしまう。
マナを失い、鉄が溶け、その身体を奪われ削られていくサラマンダーの姿を。マナの体だけになり、本体をジワジワと削られ、まるで皮膚を徐々に削がれていく時のような苦しみの声を上げるサラマンダーの……
「うぅっ……! が、げほっ、げほっ!」
その想像に、嫌悪感と罪悪感に苛まれ私の腹部からモノが込み上げてくる。
舌ではなく、喉で感じる過剰すぎる酸の強さに私は思わずむせ返ってしまう。
止められない。次から次へと吐いてしまうような想像が頭から湧いて溢れる。
絶望するウンディーネの顔が目に浮かぶ。目から光を失い、何も表情に表すことのできないほどに傷ついてしまったウンディーネの顔が。希望を絶たれた顔だ。
「っはぁ……! ごめん、ごめん、皆……サラマンダー……!」
何度も吐き気に苛まれる中、僅かに声が口からこぼれ出る。
口に出すたびに口内が醜悪な酸味に侵される。それでも、何度も何度も、その言葉を私は口にしていた。
____その時、不意に空気が、口に入った。