第三百八十四話 突入
「じゃあ! さっさと行っちゃおう!」
若干沈んだ空気だった場を鼓舞するために、私は両手を叩く。
僅かに沈黙の間が流れたが、フレイが真っ先に動き出すと皆も次々と準備を始めた。
フレイは『機械仕掛けの神』を飛ばし、空中へ浮かんだいくつかの小さな粒が芦名のマントをつまみ上げる。
僅かにしか開いていなかったマントが完全に広がり切ったのを確認し、私も前に出る。
イレティナが私の後ろに立ち、準備は万端の様だ。そして、ウンディーネは……。
「……」
芦名の横に立ち、彼をジッと睨み付けていた。芦名の方も苦い顔をして、ウンディーネの顔を見上げている。……まあこれからすることを想像すればそうなってしまうのも理解には難くない。
「サツキ……これを」
後ろからフレイに声をかけられ振り向くと、私の背中と脚に何やら光がまとわれている事に気がついた。
淡く光っている様に見えていたそれらは、徐々に形を作っていき、私の身体に確かな重量を感じさせていた。
「『仮神翼』と『天駆脚』です。私から離れていても、しばらくは力を発揮してくれると思いますよ」
そう言われ、私は身に付けられたその装備をマジマジと見る。
『機械仕掛けの神』特有の透き通る様な白色はそのまま、しなやかでありながら豪胆な力強さを感じさせる。少し意識を向けると、翼がそれに応じてわずかに羽を畳めた。
フレイの白い肌と常にあった翼と脚が……今私の背にある。なんとも不思議な感じだが、これがフレイの強みの一つだろう。自分以外の存在にも自分同等の力を分け与える事ができる。これも、私には出来ない芸当だ。
まだ意識を向けていないからか、脚や背にずっしりとした重みを感じる。……だが、それが、フレイから信頼されているから預けられていると考えると、どこか嬉しいものがあった。
「……ありがとう、フレイ」
「え……? は、はい。どういたしまし、て……?」
そう告げると、フレイは何故感謝されているのか分からないのか、困り気味に笑顔を浮かべる。
……さあ、これで準備は整った。
「イレティナ、フレイ。私が合図をしたら、それぞれ私の身体に蹴りと、『無限連撃』を放ってくれないかな?」
そう言うと、フレイは「えっ」と若干引き気味に反応する。
一瞬何を言い出すのかと思ったのかもしれないが、すぐに私の意図を汲み取ってくれたらしく納得した様な表情へと変わっていた。
「その……サツキは……大丈夫なんですか?」
「そ、そうだよ……私の蹴りも、普通に当たったら多分吹っ飛んじゃうよ? その部分だけ……」
身震いする様な事を心配そうに言うイレティナだったが、私もそれは重々承知済みだった。
「もちろん、そこはl『変化』で対応するよ。欲しいのはなんと言っても推進力。最初のブーストなら皆に干渉してもらえるだろうしね」
「……そこまで言うなら、やりましょう」
そう言うとフレイは、彼女の背後に小さな輪を広げた。光り輝くその輪は、先ほど見たばかりのものだ。
背後から徐々にこちらへと回り、私の背中にそれがピッタリとくっつく。どうやら背中の上部分ちょうどの大きさらしい。
フレイが準備をし終えると、今度はイレティナが息を飲みつつ私の背中下部に脚を当てた。
どこ辺りに入れればいいかの見当をつけているようだ。多分……私の背中、いや……肩より下は一旦無くなるだろうな。
「……よし! 二人とも、頼んだよ!」
「はい! 『無限連撃』ッ!」
「はあああああぁぁッ!」
後ろから二人の掛け声が聞こえたかと思った次の瞬間、私は一気に前方へと弾き飛ばされた。
目の前にはマントの中に広がる『無限』。その暗闇に、吸い込まれるようにして私は……突撃して行った。
*
「はあ……はあ……これで、サツキは送り出せましたね……さて、ウンディーネ……」
「分かっているわよ、さっさと入らせてもらうわ」
私の言葉を聞きつつ、ウンディーネはその姿を徐々に変えていた。
人の姿を保っていた形から、より流動的な形へ。渦巻く水のような姿へ変わったかと思うと、次の瞬間。
「がぼっ!」
アシナの口の中へと、ウンディーネは潜り込んでいった。
アシナは苦しそうに一瞬身体を強張らせたが、喉から通り過ぎて行ったのか、どっと疲れたような顔をして首を項垂れる。
これが……サツキの保険。もしアシナが何かをしでかそうとした時には、内側からウンディーネが身体を破壊する。
治癒能力のない弱点と、マントにのみ『無限』があるために内部には攻撃できない弱点を掛け合わせて編み出され戦法。だが……これは……。
「……サツキ、死ぬ覚悟で行ったんですね……」




