第三百七十三話 撃った者は
「……どう言う、こと?」
同じ質問を、私は繰り返していた。しかし、今度は震えた声で。
フレイは、言うことさえ恐ろしいかのように私の質問に躊躇いを見せていたが、開かれた瞳孔と震える瞳で私が見つめているとしばらくして口を開いた。
「あの時……一瞬、アシナが笑っているように見えたんです。凄く……真っ直ぐな、何の邪念も無いみたいに笑っていて……ここで彼を殺してしまうのは惜しい、そんな風に直感的に思って、それで……サラマンダーをサツキの手から……弾いたんです」
フレイはそう言うと、目を伏せ何も言わなくなる。
静まり返る私達を、無情にも太陽が照らし、風はざわめいていた。私の心だけが、何もかもを混ぜてぐちゃぐちゃにしていた。
「……う……そ……」
視界が淀む。私は再び膝を地につけていた。
何が起きたんだ? サラマンダーは? 芦名が殺したんじゃ無いのか? だったら私は……一体どこにこの気持ちを投げれば……?
感じていた物は怒りでもあり、悲しみでもあり、恐れでも有った。或いはその何物でも無い何かだったのかも知れない。
頭と心が納得するよりも先に、身体が動いていた。怒りに似た感情が真っ先に溢れ出し、フレイの方を見上げる。
だが。
「私は……本当にっ、何て、事を……! 私が……私が、サラマンダーを、殺してしまった、んです……!」
「っ……!」
伏せていたフレイは、歯を食いしばり嗚咽していた。
一つの感情では表しきれないような表情で、彼女は独り言のように地面に向かってその言葉を途切れ途切れに呟いている。
その姿を見て、私の怒りはすぐに萎んでしまった。
見上げた視線をそのままにすると、私とフレイ以外の周りも、同じようになっていたことに気付いた。
イレティナは、何か言いたげにウンディーネやフレイに心配そうな顔をして目を向けていたが、二人は話しかけられる程の余裕は持っていなかったために、言葉を呑んで下へ俯く。
ウンディーネは私以上にまだ現実を受け入れられていなかった。
何も言葉を喋らずに、表情は人形のように止まって動かない。見張られる目だけが、彼女が生きていることを示しているようだった。
……フレイが悪いわけじゃ無い。あの瞬間、私もあの顔に疑問を抱いた。もしかしたらあの時に握りしめる手が弱まっていたのかもしれない。いや、弱まっていなかったとしても。あの瞬間フレイはただ、たった一度私とサラマンダーを無力化しようとしただけなんだ。
……フレイは、悪くない。そう、フレイは悪くないんだ。……でも。それでも……サラマンダーは、サラマンダーが死んだことに、変わりはない……。
「おい。おい……サツキ」
その時、唐突に後方から私へ声をかける男の声がした。
疲労したようにか細く、息の入り混じった声だったが、それでも私に向かってはっきりとした物言いをしていた。
「立てよ……お前サラマンダーを助けたいんだろ? 時間は有限だ。……さっさと来い」