第三百七十二話 消失
まだ余力が残っているのか……⁉︎ いや、もう本当に彼が抜け出す道は無い。
……待てよ。違う、企んでいない。
今芦名がした笑いは敵に見てきた物じゃ無い。あの、良かったと語るような、安心し切ったあの笑みは____
「……仲間の、皆の……もの……?」
ゆっくりと流れる時間の中、私の思考はそこへと至った。
自分自身でおかしいと思いつつも、頭の中でその可能性を検証し直し始める。芦名がそうで有った場合、一体どこが矛盾するのかと、私の感じたものが間違っている理由を探そうとしていた。
しかし、次の瞬間。
どこからともなく、カキン、と言う音が鳴る。ここまで多くの短剣が飛び交う中だったが、私の思考をそこに集中させるかの如く、その音は鳴っていた。
程なくして私は視線を音のする方へと向けた。その方向とは……私が、丁度芦名から血を噴かせた場所だった。
「……え……?」
サラマンダーが私の手から弾き飛ばされ、芦名のマントへと放り込まれようとしていた。
その途端ゆっくりとしていた時間の流れは途絶え、私の集中力も完全に切れる。
「サ、ツキ……」
息を吐く間も無く『神速』を使った。
手がサラマンダーへと近づいて行く。
だが、サラマンダーは、マントへと落ちて行った。虚空の中へと、姿を消してしまった。
「な……!」
誰かが心底驚愕したかの様に言葉を詰まらせている。
目の前の光景を、私はただ呆然と眺めることしかできなかった。『変化』を使うのも忘れ、膝裏や腕の皮膚を短剣達が掠っていく。
フレイが後ろで、ドシャリと全身を地面に投げ打つ様な音を立て倒れたのが聞こえる。
何もかもが、全て消えていた。周囲で音を立て続ける短剣の群れ達の喧騒も、私の頭によぎっていた疑問も、サラマンダーも。
気がつく間も無く私は膝から地面に崩れ落ちていた。
目の前の現実が分からない。何が起こっているのか、何を終わらせてしまったのか。何も理解できないまま、私が呟いた言葉は。
「サラ……マン……ダー……?」
か細く呟きにすらなっていないその声は、あまりにも静かな草原の中を遠くまで響き渡らせた。
そよぐ木も、草も既に無くなった大地の上で、その言葉に対する返事はどこにも無かった。
「……う」
呻き声の様に、私の口から声が漏れ出る。
「うあああああああぁぁぁぁッッ!!」
「ぐぁふっ⁉︎」
振り下ろした右腕が空を切ったかと思うと、次の瞬間芦名の肩から腰にかけて爪でひっかかれたかのように切り裂かれる。
よろめく芦名を気にも止めず、私は近づいて一気に胸ぐらを掴む。
「サツキ!」
「フレイ、こんな奴数秒もあれば殺せる! 『無限』を発動する前にお前の頭を粉微塵に____」
「違うんです、サツキ! 待って下さい! アシナは……一切手を出してないんです!」
フレイの言葉に、私は振り上げていた右手をはたと止めた。
浮き上がっていたエネルギーも、それと同時に収縮していき。
「……どう言うこと?」
「サラマンダーを……サツキの手から、弾いた、のは……私、なんです……」




