第三百六十七話 段階
一撃を加えると同時、イレティナは芦名の首を起点に後ろへと飛び退く。
首に凶悪な一撃を食らった芦名は声も出せずにヨロヨロと身体のバランスを崩していた。
「あ、あれ……? サツキ、今確かにイレティナの蹴りが入っていたように見えたんですが……」
しかし、その成果にフレイはむしろ困惑を見せていた。
そう、フレイの反応は何もおかしい事じゃ無い。イレティナの蹴りの威力は本来あんな物では無いのは明白だ。
生身の芦名が喰らえば、あの場で頭が吹き飛んでもおかしく無かった。つまり、彼の首には……。
「い、痛ってぇ……クソ……」
平衡感覚を取り戻し始めていた芦名は、やっとの思いで地に足をつける。
それに連なって倒れていた彼の上半身も正常な姿勢に戻り、彼は首を縦に向けた。
その時、彼の首のあたりから何かが音を立てて地面へと落ちる。そこにあったのは灰色の、人工的な雰囲気を醸し出す滑らかな輪郭の物質だった。
「緩衝材ってところだね。あれでイレティナの攻撃を弱めたんだ」
「そんな物まで即興で作れるの⁉︎ 理不尽なくらい万能ね……!」
サラマンダーは驚愕の声を上げて少し芦名の力を恐れているようだった。
だが……これも、想定の範囲内。むしろ今のでもっと作戦の成功率が高まった。
事の運びの良さに内心の嬉しさを抑え切れずに、思わず口元に笑みを浮かべつつ。
「万能とも、限らないよ。……ふふ、そう、万能じゃ無いんだ……」
「……? どういう事よ? 何か打開策があるの?」
私の言っていることがあまりにも意味不明なのか、サラマンダーは若干困惑気味に私に聞き返す。
その最中にも、ウンディーネが芦名へと攻撃を繰り返していた。
まだ完全に身体能力が回復していない芦名に、ウンディーネは次から次へと攻撃を繰り返していく。それも、顎を狙って。
顎を打たれると、人間の五感は一時的ではあるが、著しく低下する。猫騙しの上位互換と言うべきか……さっきの一撃でフラフラの状態の芦名の回復を、より遅くしていると言うわけだ。
時々大振り気味に芦名はマントを振るうが、それでもウンディーネの一部を飲み込むだけで意味を為していない。半液体のウンディーネだからこそ取れる、捨て身気味の時間稼ぎだ。
そしてここで、サラマンダーの疑問が解けることになる。
「まあ見てなよ、サラマンダー。私達はトドメ役だ。それまではしかと皆の勇姿を見よう。……フレイ、『無限連撃』お願い!」
「は、はい! どこから撃ち込みますか?」
「全方位!」
「全方位⁉︎ そ、それってつまり……!」
私の指示に、フレイはこちらへ顔まで向けて目を見開く。
いよいよ大詰めだ。芦名……君の弱点、とくと味わってもらう!
「芦名を囲うようにしてって事だよ! 一気に展開できる数を出来るだけたくさん! マナは幾らでもある!」