第三百五十一話 殺意
「ああ、至って本気だ。お前等には死んでもらわなきゃならん。嫌なら……来い」
「……」
殺意の篭った目を向け、芦名は指先でこちらを招くような仕草をする。
私はそんな芦名の姿を見て、気づかれないように手中に『煌光』を構えた。
しかし、睨み合う私達の間に挟まるようにして唐突にフレイが私の横にまで立ち並ぶ。
「ちょっ……フレイ⁉︎」
私の制止を一切気にする事なく、フレイは震えた声で芦名へと問い始めた。
「アシナ……どういう事ですか? 悪い冗談ならすぐにやめて下さい。早く次の場所へ____」
「目障りだ、エルフ」
次の瞬間、芦名のマントがフレイの目の前まで迫っていた。
芦名自身は一切微動だにせず、マントのみが拡大し、フレイの身体をその陰へと落とし込む。
その布がフレイの身体を覆わんとしたその時、彼女の身体が一瞬の内に後ろへと引っ張られ、布が包む物は一切無くなっていた。
……いや、正しくは。
「ッ……! ぅ……う……」
私の肘が、僅かに呑み込まれていた。
私の腕がフレイを引っ張り、後ろへと逃していたのだ。しかし、無防備な生身の彼女に『神速』を使うわけにも行かず、マントの先にほんの数センチ曲げた肘が触れてしまった。
マントの軌道の障害となる筈だったものは全て初めから無いもののように、消え去る。
しかしそれでも、重要な肉体の一部を失った私の身体はその事実に悲鳴を上げる。
私は痛みに苦しめられ、その場に蹲ってしまった。
「おいおい……今更人間のフリしてんのかよ。まあ大方アドレナリンの分泌遅れて、戦闘態勢でも無い内にダメージ食らってしっかり痛み味わってるって所か?」
血が止めどなく溢れ声にならない声を上げる私を、芦名は上から見下ろし煽り立てるように言葉をつらつらと述べる。
芦名の態度に、怒りは湧いて来ない。怒りを暴れさせるほどの容量が頭に残っておらず、九割九分を痛みに支配されていたからだ。
ここ二、三日……戦っていなかったせいか……⁉︎ 久しぶりに、痛みが襲ってくる……。こんな……肘一つ削られた程度で情け無い……!
……いや、それよりも……残りの一分で、どうにか対策を考えないと……! 芦名のスキルは……確か『無限』と言っていた。ホークアイの時や今さっきみたいに、あらゆる物をあのマントから取り出せる。逆にあのマントに何かが触れると、まるで最初から無かったみたいに消え去ってしまう……。
消える力は肉体の損傷に限らず、あらゆる物を消し去ってしまう……さっきの草だって、マントに触れた瞬間消えてしまった。そしてホークアイの氷結魔法もあのマントに吸い込まれていた……。
だとしたら、芦名の攻撃手段を封じ込める手立てはまず成立しない。この状況を切り抜けるには、芦名を殺すのが最良手……!
私はある程度考えをまとめ、ゆっくりと立ち上がった。
多少まだ痛みはあるが……問題無い。精密な動作無しでも回復はできる。
「……なるほど、『スキル増強』と『研鑽』で治癒力増強か……。痛みで苦しんでちゃ間違って『変化』で肉体全部空気にしちまうかもしれないしなあ、賢明な判断だ」
物珍しい物でも見るように、痣の残る私の右肘をマジマジと見て芦名はそう独り言を言う。
……絶対に、倒____
「サツキ! サツキッ! 待ってください!」
再び唐突に、私の左腕のローブが後ろへと引っ張られる。
フレイが、悲痛な顔をして何度も首を横に振っていた。
「昨日まで仲間だったんですよ⁉︎ サツキを助けるために、移動するための手段まで用意してくれたんですよ⁉︎ なんで……何でそんな簡単に、本気で殺し合えるんですか⁉︎」