第三百四十六話 矛盾したこと
「……それは……?」
「きっと……他に言いたいことがあると思いますね」
身を乗り出していた私は、ポカンとして彼を見た。
「その、どういう事……ですか? 怒ることが、他に言いたい事があるってことに繋がっているんですかね……?」
どうにも意外すぎて追いつけない。サラマンダーが他に言いたい事がある……? 一体何がって言うんだ?
あの場で、私に言った事以外に何かあるとはとてもじゃないが思えない……。
そもそも、何でそんな結論に……?
私が疑問を募らせる中、彼は少し視線を下に落とす。
「矛盾を起こすと言う事は、実際に言いたい事はそこには無いはずです。本当に言いたい事を真っ直ぐに言うなら、自分の考えと逆の事を言うような事はありませんから」
「……そりゃあ、まあ一理有りますね……でも、その……それは、論理的に切り詰めて行ったらそうなるってだけですよね? 人の心ってのはそういう論理がたまに効かない事もありますし、やっぱり体験とかが無いと信じがたいというか……」
自分でも驚くくらいに、彼の考えを否定する言葉を私は放っていた。
何故自分でもこんなふうに言ってしまうのか分からない……もしもの話に、ここまで否定されたら嫌な顔の一つだってするはずだ。
しかし、彼は一切嫌な顔をしていなかった。
むしろ、さっきよりも柔和な表情になったような……。
「体験なら、ありますよ」
「え……あるんですか?」
「はい。随分昔の話になってしまいますが……私には一人の友人が居たんです。女の子でしたが、よくこの近くの森で遊んでいました。すぐそこの山の麓です」
山……皆と一緒にいたあそこか。でも……あそこってかなり深かったはず……。
「ですが……ある日、私だけいつも遊んでいた場所より少し深い場所まで入ってしまったのです。
少しだけでしたが、葉の間から注ぐ光も薄くなり、一生ここにいることになってしまうのではないか、と子供心ながらに怯えていました」
彼の話す言葉に、私は自分を重ねていた。
光の届かない場所……私にも、この前あった。似たような事が……。