第三百四十一話 仮面
その一言ともに、横にいたサラマンダーは絶句して硬直してしまった。
サラマンダーには悪いけれど、彼女の危惧している事が無いのを後でしっかり教えて埋め合わせしよう……。
私の言葉に、彼は驚いて目を見開いていた。しかし、そこには恐れの様な感情を感じられないばかりか、彼は一切口を開かず、返答をする様子が無い。
……それはまあ、そうか。目の前にいる人間が良かれ悪かれ噂に聞いた人間なんて、すぐに納得するのは難しい。私の言った言葉を冗談と受け取っても何も変ではない。
……でも、今は信じて貰わなければいけないんだ。何としてでも……!
「……え、サツキあんた何しようとしてんのよ⁉︎」
サラマンダーは私のしようとしている事に感づいたのか、硬直を解いて今度はその身を私の手へと寄せ押さえつける。
サラマンダーが抑えた私の手は、私の顔を掴んでいた。いや……正しくは、私の顔に被せていた仮面だ。
それでも仮面を引き剥がそうとする私に、サラマンダーはなおも私以上に強い力で取り押さえようとする。
「やめなさいってっ! 駄目、それ取ったら本当に言い逃れ出来なくなるわ! 何もあんたが苦しい思いしなくたって、きっと他の手が……!」
サラマンダーの言葉とともに、連なる様にしてイレティナとウンディーネが私の目の前に立つ。
沈黙こそしていたが私に背を向けて立つ二人の後ろ姿には、サラマンダーと似通った気迫が感じられた。
皆、本気で私を守ろうとしてくれている。
しかし、私はそれを分かっていながらも、逃げてはいけないとサラマンダーの押さえつける手に力を込めて強く抵抗した。
「言い逃れ出来なくなるって……元々……っ、そのつもりだよ、サラマンダー。ここではこの道しかない。……それに、私は自分を犠牲にしてるつもりは無いよ」
張り詰めた声では無く、至って自然体に私はそう話した。無理をしている様には感じさせなかったと思う。
サラマンダーは私の声色の変化を感じ取ったのか、小さく声を漏らすと私の手に打ち付けていた峰をそっと引き離す。
「二人とも、前開けて」
既にサラマンダーと私の会話を聞いていたウンディーネとイレティナは、すぐにその身を引いた。
イレティナは未だに心配げな顔を戻していなかったが、ウンディーネは私の心境に気づいたのか一切の無表情に戻っていた。
改めて、彼の顔を見る。
そして私は、自分につけた仮面に手をかけた。
これはあくまで他の人達を恐れさせない様にするためのもの。私が外界から自分を閉ざしたいからつけているわけじゃない。
……そんなもの、あの下卑た鷹のバッジでもう十分だ。
仮面をずらし、私は彼の顔を見た。
先程よりもずっと鮮明に見える。彼は最早驚いてもいなく、落ち着き払って私を見ていた。
「……なるほど。あなたが噂の『死神』という訳ですか……」