第三百十七話 秘密
私の言葉に、マナティクスは静止する。
しかし、彼女自身が掴む彼女の腕が、微かに震えていた。顔は一切こちらへ向けず、その表情は伺えない。
それでも、私へ恐怖に似た感情を抱いているのは確かだった。
神が、人を恐れると言うのもおかしな話だが、彼女の秘密を抱えている私に恐怖を抱くのは至極当然だ。
今なら、マナティクスを強請れる。彼女からこの世界の真実を聞き出すことができるんだ。
私は沈黙を通す彼女に、更に沈黙を返した。静寂が支配する空間で、マナティクスの手だけが震え続ける。
波の音も、鳥の声も、全く耳には入ってこなかった。異様とも思える静けさの中、マナティクスが、遂に痺れを切らした。
「……知っているのは、貴様だけなのだな?」
こちらを振り向かずに、マナティクスは語頭を震わせ質問する。
「……うん」
それに対して、私は微かに首を縦に動かして彼女へ返答した。
その途端、地面を照らしていた光が消え失せる。光だけじゃない、背後から聞こえていたフレイの火を焚く音も消えた。
これは……⁉︎
気付けば、私とマナティクスを白いドーム状の何かが覆っていた。
感じることが出来るのは、空間に均等に注がれる僅かな光のみ。外部から、遮断された。
「ッ……マナティクス、何のつもりだ……」
「待て! ただ周囲に聞かれないようにしただけだ。貴様を始末する気など毛頭無い!」
私がマナティクスを睨みつけながら左手に緑色の光を宿らせると、目を見開き、片手を突き出して彼女は私へ弁解した。
この様に慌てるマナティクスを見るのは初めてだ。口調は変わらずとも、尊大な態度が消えている。
こっちが本当の性格なのか……? いや、まだ推測の域でしか無い。決め付けるにはまだ時期尚早だ。ともかく、今は相手の出方を見るしか無い。
そう考え手に宿る光を解くと、マナティクスはいかる肩を下ろし、安堵してため息をつく。
彼女は何も無いはずの空間に腰をおろし、直立する私を、見上げ、目を合わせた。
「……何から聞くつもりだ」
「え……そんな簡単に教えてくれていいの?」
あっさりと言い始めようとするマナティクスに、私は心底驚いて聞き返してしまう。
彼女だって、私が聞こうとしていることは見当が付いているはずなのに……
しかし、驚く私を他所にマナティクスは下へ目線をやり、半ば投げやりな表情をする。
「貴様は転生者だ。その時点で、私と会って仕舞えば問いてくることは必然に近いからな」
「……そう。分かった、じゃあ最初の質問」
少し驚きが残っていたが、面倒な手間が省けた事に変わりはない。
私は、予定していた通りの言葉を発した。
「この世界は、何で常に月が満月なの?」