第三百十話 正しさ
振り向くと、確かにそこに芦名がいた。
私よりも頭ひとつほど高い位置にある顔からこちらを見下ろし、若干目元にかかっている灰色の髪は風に吹かれてなびいている。
マントが橙色に照らされても、その内側は未だに青黒い煌めきを変えずそこだけが異次元化のように風景の中に映り込んでいた。
「あっちであいつら楽しそうに話しているぞ。お前は加わらなくて良いのか」
素っ気無い素振りで、私を心配するような事を聞いてくる。
振り返ったままだった私は、前方へと視線を戻し、考え込んだ。
……芦名も、私と同じ転生者だ。もしかしたら私の考えている事を理解してくれるかもしれない。
妙に強い風が吹き、木葉が幾枚かひらひらと落ちる。
風に乗せられて飛んでいく木葉を眺めながら、流れていく空気に自分の声を持っていかれないように、少し声を張って私は話した。
「芦名はさ、『死神』の事は知っているよね?」
私が問うと芦名はしばらくの間、沈黙した。
身体を横から突き抜けていく風に耳を塞がれ、静かには感じない。
徐々に風が収まってくると、芦名はゆっくりと口を開いた。
「……ああ、知っている」
先程とは違い、感情の読み取れない声色で彼はポツリと呟く。
その言葉への返事に私もしばらく沈黙し、何を話せば良いのかと間を置いた。
風も止み、静かに木々がざわめく音が微かに耳に入る。
代わりに、岩の家の中から笑い声が聞こえてきた。フレイ達は楽しそうにまだ話しているようだ。サラマンダーの驚く声や、フレイの楽しげに話す声も聞こえてくる。
「……ねえ、私のやっている事って、正しいと思う? 最初は、異世界転生って聞いて、はしゃいでいたんだ。転生者達が王になってこの世界を意のままにしているって言うのを聞いて、許せなくて変えなきゃって思って、言われたように自分の使命を全うして、この世界をいい方向に出来ていると思ったんだ」
私の言葉に、芦名は一切口を挟まなかった。
夕日はすでに半分以上沈み、夜が近付いていた。森にも影が差し、段々と光が地平線へと飲まれていく。
「……でも、実際の私は王を殺して国を混乱に陥れる正体不明の、テロリストも良いところの破壊者……。
ホークアイの言っていることは間違いじゃ無かった。……芦名、今の私って、正しいのかな?」
私は再び振り返り、影に覆われる芦名の顔と目を、ジッと見た。
僅かだったが、声が震えていたと思う。それでも彼は一切表情を変えずに、彼を見る私の目をジッと見つめ返していた。
いつのまにか風は止み、フレイ達の話し声も消えている。
本当の静寂の中、私は芦名が口を開くのを、静かに待った。
何分経とうが、何時間経とうが、そうして待っているつもりだった。
しかし、芦名はすぐに口を開くと。
「……正しいって言うのが、そんなに大事なのか?」