第三百六話 恐れず
「ちょっ……! ラ、ラウ大丈夫⁉︎」
気を失ったのかと思い、ぎょっとして彼の方へ駆け寄ると、ベッドにもたれ込んだラウの頭からかすかに唸り声が聞こえて来た。
焦りを見せる私を他所に、ラウはどっと疲れた顔をしてむくりと起き上がる。
「あ、ああ……死ぬかと思った……」
私の方へ目を向けずにうなだれ、低い声でラウはそう呟く。
しかし、きっとこれが正常な反応だと思う。
今まで戦ったことなんてないであろう一般人がいきなりあんな殺気を当てられたら、普通卒倒ものだ。
むしろラウが意識を保って普通に喋れていることの方がよっぽど驚ける。
……それにしてもさっきのフレイ……すごい怒ってたな。そんなに私の事を心配してくれているのかな? へへへ……
いやいや浮かれている場合じゃない。フレイが心配していようが心配してまいが、どちらにせよラウが私の正体を見抜いていることに変わりはないんだ。こうなったらもうここから出るしかない。
……ただ、一つ気になることがある。どうしてさっきのラウは私の事を怖がっていなかったのか、という事だ。
別に怖がられたいわけじゃないけど、今世間一般に流れているらしい『死神』としての私の噂だけしか知らないなら怖がらない方がおかしい。何か理由があるはずなんだ。
そう、例えば私の噂が更に私の深い所まで広まっていて、実はもう世間では私は恐れられていない……とか。
もしそうだったら、悩み事が一つ消えてくれる。正直、皆のためにした事が逆に皆を苦しめてしまっていたと知ったときは堪らなく怖かったし、感謝はされなくても……嬉しい、すごく。
でも、それは理由が良い理由だったら、の話だ。一人で勝手に舞い上がって、それで伝えられてへこむなんてのもまっぴらだし、あまり期待はしない方が良い……と、思う。
「……ね、ねえラウ。私が『死神』って分かったのに、どうして怖がっていなかったの? も、もしかして世間ではもう私が怖いっていうイメージが消えていたりしてぇ……」
とは言ったものの、やはり期待が抑えきれず私は語尾が上がり調子に聞いてしまう。
それに対してラウは、少し困惑しながらもすぐに口を開き。
「え……いや、特にそういう事は無いけど……」
……ほら、こうなるから期待しない方が良いんだ。
簡単に『死神』の名が消えるはずがない。良かれと思ってやったとは言え……国を滅ぼした実行犯なんだから。
「やっぱり……皆私の事が怖いんだよね。……ラウにも迷惑かけちゃったね。すぐ出ていくから___」
私はそう言って愛想笑いを浮かべながら、フレイと共に外へ出て行こうとした。しかし、その時。
「ま、待ってくれ!」
背を向けた場所から、私を呼び止める声が聞こえて来る
振り返ると、ラウがベッドから立ち上がり、私の方へと、一歩足を踏み出していた。
「俺……わかるよ、サツキさんの気持ち……!」




