第三百話 小麦
再びポツリと、少し言いづらそうに彼は言った。
「……夢……って言うのは、つまりそれを元手に何かするつもりだったって事?」
「ああ……あれくらいの小麦なら、この村から出られるくらいの金は手に入れられる。それでもっと裕福な村に行けるんだ」
ラウはその顔に微笑を称え、まるで夢想に耽るかのような目の色をしていた。
「裕福な村に行ってどうするつもりだったの?」
続け様に私は彼へと質問を繰り返した。
私からしてみれば裕福な村に行ったところで働き場所が無いなら仕方ないなんて考えてしまう。
それに働けたとしても作物を売るよりも稼げるお金は減りそうな物だけど……。
そう考えていると、ラウは入り口の方におかれていた小麦と大きく書かれた袋を眺めながら私に質問を投げかける。
「……サツキさん、裕福な村なら裕福な村のほど物価が高いってのは知っているか?」
「ん……うん。問屋やら何やら、いろいろ商品を運ぶ様な人達が間に入って売買回数が多くなる分利益を求める人が増えて、農家よりも遠い都会なんかは商品の物価にそこらへんが上乗せされて高くなるんだよね。……合ってる?」
現世の方の知識だから若干怪しい部分もあるけど……大丈夫だろうか?
しかし、私の心配とは反して私の知識はほとんど合っていたらしく、ラウは満足げに一度頷く。
「そう。……というかサツキさん割とよく知っているじゃん。それだけ知っていれば俺が何したいかって分かるよね?」
少し意外だったのか、声のトーンが一つ高くなる。
彼の質問に、私は腕組みをして少しの間考えた。
何をしたいか……? さっきの話が関わっているんだよな、多分。小麦を裕福な村で販売するとか? いやいや……そんなことしたら周りの問屋から潰されかねないでしょ。
……うーん……?
しばらく、考えた唸るような声が漏れ出たような気もしながら、頭の中で考えを巡らす。
裕福な村で小麦を売るっていうのは結構良い線言っているかも知れない。私だってそうする。
そうして考えていた時……唐突に、昔の記憶が私の頭をよぎった。
それと同時に私の頭を電流が走るような感覚を覚える。
……あ、もしかしてあれか?
その気付きを頭の中に詰め込み、更にそれを仮定として考えを広げる。
……うん、間違いない。
「……専門店に買い取ってもらうんだね?」
私のその言葉に、ラウは一際満足そうに頷くと、嬉々として話出す。
「そう、そうその通り! 専門店、特にパン屋なんて小麦が命だろ⁉︎ うちの小麦は有名じゃないけど味に自信はあるんだ! 父ちゃんはお得意様がいるからなんて言うから売り出そうとはしないんだけど……俺が溜めた分なら、充分一回の買い取りに漕ぎ着けられるんだ! そうすればきっと買い続けてもらえる!」
畳み掛けるように、ラウは私にマシンガントークを繰り広げていく。
しかし、そこで何かに気づいたようにハタと動きを止め、再び会話を止めた。
「……でも、あの樽壊れちゃったんだ。 お金はあるけど、小麦がないんじゃどうにもならないからな」
彼は、仕方ないと笑顔をこちらに向ける。
しかし……笑顔は明らかに無理をしていた。
「……でも! また五年待てば、きっとチャンスがやってくる! だからそれまで待つんだ!」
「……ラウ」
「ん?」
「それも……直してあげようか」