第二百九十六話 作戦その二
物音を立てない様に、そろりそろりと忍足で歩を進めた。
透明になっているとはいえ、私の実体が消えているわけではないので床を踏めば音は鳴るし布を被せられれば姿も見える。
だから、バレない様に気をつけなきゃ行けない。ひとまずは、状況を目で確認する事にしよう……。
そう思い、キッチンと医務室を隔てる壁の横からちらりと顔を覗かせると。
「……さて。私も午後の診療に行かなければ……ん? カーペットが、少しズレているな……」
「……!」
顔を覗かせた瞬間、私の視界を端から端まで白衣が埋め尽くした。
医者が、すぐ目の前まで来ていて、後もう少しでぶつかると言うところで止まっていたのだ。
蛇に睨まれたカエルの様に、私は身動きが取れずにいた。物音でも立てれば、すぐにバレてしまう……かと言って、ここでジッとしていたら当たる可能性もあるのに……!
バレないことだけを祈り、待った、酷く長く感じた数秒の後。
「……帰るときにずらして帰ったんだろう。全く、物は動かさない様にと張り紙までしているのに……」
医者は、地面に敷かれたカーペットを整え、何のハプニングもなく私を横切って扉へと向かっていく。
彼は扉を開け、パタリと扉の閉まる音だけを残し出ていった。
「……はぁー、危なかった……」
思わず安心して声を出してしまう。
まあ、ここには私と今ベッドで寝ているあの子しか居ないわけだし、大丈夫だけど。
物音もしないし、ぐっすり寝ているみたいだ。……今なら普通に歩いて行っても大丈夫か?
本当に寝ているのか一瞬不安になり、私は近くにあった窓をギシギシと割と大きめの音で動かしてみる。
しかし、全く少年からの反応はない。起きているならちょっとくらい気にしてこっちを振り返ると思うし……大丈夫だろう。
一安心して、私は少し屈んでいた身体を起こしてスタスタと少年の方へと歩いていった。
たくさんのベッドが立ち並ぶ中、一つだけカーテンが被さっている。……つまりは。
「ここにいるってわけだ」
カーテンをジャッと勢いよく開け、ベッドの上に乗っているそれを視界に映す。
居たのはやはり先ほどの少年であった。
ボサボサであちこちで毛が跳ねている黒髪で、肌はかなり日焼けしている。
さっきの服は着替えさせられたみたいで、今はシーツ越しに白い服が見えた。
「さて……じゃ、早速治療といこうか」
『万物理解』を頭の中で発動し、怪我の細部状況と異常な点を示させる。
別に医療免許を持っているわけではないが……多分大丈夫だろう。
「それと、『変化』」
彼の頭に手をかざし、緑色の光を発する。
『万物理解』で治療の際の注意点を聞き出し、後々問題が起こらない様にと治していった。
そして、十数秒もしないうちに。
「……よし、治療完了!」
簡単に、そして完璧に治療が終わった。
ちょっとオーバーテクノロジーじゃないか……? まあ、流石に転生者のスキルだからこそって所は有るだろうけども……。
……まあ後は帰るだけだ。外で待っているフレイの所まで戻って、『時空転移』で皆のいるところに行けば____
「そこに……誰かいるのか?」
「ぇあ?」