第二百九十五話 作戦その一
バレないように囁き声で、そろりと中に入り込む。
磨かれた木材で作られた室内は床もしっかりと手入れをされていて、清潔にはかなり気を使っている様に見えるけど……やっぱり、電気が通っていないから薄暗い。
『万物理解』によると……ここの一番奥みたいだな。
私の目の前で、二手に部屋がわかれている。……とは言っても、右側の部屋にはすぐ曲がったところにフライパンが吊り下げられているのが見えるし、火を焚くかまども目に入る。
大方キッチンってところか? まあ、お医者様もここで暮らしているわけだし、ご飯を作る必要だってあるんだろう。
そして……左側には薄緑色のカーテンが目に映る。
あまり丈夫そうな見た目ではないけど、カーテンの先の影から察するにあの先にあるのはベッドだろう。
……つまり。
「先生、ラウは治りそうか?」
心配げな、低い男の声が聞こえてくる。
予想通り、左側からだ。
「ええ、治りますよ。これならなんとか、三ヶ月もすれば治るでしょう」
「三ヶ月⁉︎ そいつは困る! ラウは親父の畑仕事手伝わなきゃ何ねえんですよ! ラウの親父さん、最近腰痛めただろ⁉︎」
物静かな雰囲気の声に続けて、仰天した様な声が鳴り響く。
かなり驚いている様で、遠くにいる私でさえ耳が痛くなりそうな大声だ。
「そ、そうは言いましても……頭蓋骨にヒビが入っていますから、迂闊には動けませんよ。後もう一度同じ様な衝撃を食らっていたら、割れていたかもしれません。助かっただけでも、十分幸運ですよ……」
医者の声であろうその声は、説得する様にして言う。
しかし、一方の男の方は深いため息を吐くばかりだった。
……頭蓋骨にヒビ、か……そりゃ動けんわ。しかも遠回しに後一撃で死んでたなんていうあたり、相当深いヒビだったんだろう。役に立てた……と言うのは嬉しいけど、もうちょっと早く助けにいくべきだったかも……。
そんな事を考えていると、席から立ち上がる様な音が聞こえてきた。
「……俺も仕事の時間だ、行かなくちゃ行けねえ。先生、しっかり見といてくださいよ」
「ええ、もちろん。お大事に」
その言葉を背に、私の目の前へ男がぬっと現れた。
しかし、私の存在に男は気づかなかった。扉を開け、外に出て行き、何のアクションも無く立ち去る。
……そう。作戦その一、姿を隠そう作戦。
フレイの『機械仕掛けの神』で作った透明マント(仮)をちょっと借りて私自身に被せたのだ。
黙って、何にも触れなければ決してバレることは無い。
……さて、早速あの少年のところへ行くとしよう。




