第二百七十七話 睨み合い
心底呆れながら、私は倒れる影に向かって吠える。
影の背には幾本もの氷柱が現れ、僅かな光を一点に集中させ、その正体を照らし出した。
スーツの胸部に位置する場所を丸く貫かれ、脚部は引き裂かれた様な傷を負い、両足から血を流している。
常に被っていたシルクハットはその跡形もなく、最早形もなしていなかった。
……しかし、それでも、彼は荒い息を吐きながら傷だらけの足に鞭を振るって立つ。
細い目を開き、覗く三白眼はこちらを執念深く睨み付けていた。
「……」
「……」
「……」
三者三様、私達はホークアイを警戒し、ホークアイは私達を睨み続ける。
誰も、行動に出ようとはしていなかった。いや、出られなかった。
動けば、誰かしらが次に動く。そうなればもう止まることは出来ない。
一方が死ぬまで、私達は戦い続けなければいけなくなる。
だからこそ、誰も動けない、自らの考えが定まるまでは。
それは私とフレイの間でも例外では無い。もし、ここでフレイに相談しよう物なら、ホークアイはその素振りを見ただけでも動く。
誰から動くかは……見当もつかない。
ただ、思考を纏められた者だけが今は……動ける。
けど……私は、自分からは動かない。フレイにしろホークアイにしろ、どちらかが動いた瞬間、私もほぼ同じ速さで動くつもりだ。
要するに、一撃決着。フレイとホークアイが交戦するよりも先に、私がホークアイの首を切り落とせば済む話だ。
その為には……一瞬の隙も見逃せない。両方の一挙一動、目の僅かな動き、心拍数。全て、一秒たりとも見逃すことは許されない。
感じとる、両者の動きを……感情を。肌で、目で、耳で。殺る、という興奮状態が最高潮に達した瞬間を!
「……?」
しかし、奇妙な出来事が、目の前では起こっていた。
フレイもホークアイも動かず、ホークアイは私達を睨みつけ、警戒する。そこまでは至って正常な、至極当然の状態だった。この場においては、普通誰だって緊張する。
しかし、この時フレイだけは、違った。
心臓の鼓動は落ち着き、ホークアイを睨む目に敵対心は無く、水の様に静かな色をしている。
フレイは……落ち着いていた。
でも、一体何故? この場で最も命の危険に晒されているのはフレイの筈だ。それなのに、全く攻撃的な感情や恐れといったものが見えてこない。
……フレイは、何をしようとしているんだ……?
その疑問が脳裏によぎるが、事態は私に考える時間を与えてはくれなかった。
ホークアイの手に僅かながら、青い光が見える。彼の表情からして、そう長い間は待ってもらえないだろう……。
フレイが何を考えているかは分からないけど……ホークアイが動いたら、すぐに動かなくては___
「ホークアイ」
密かに手の内にスキルを構えていた時、フレイの澄んだ声が空間に響いた。
「何故……何故、そこまでサツキに執着するのですか?」