第二十五話 サツキと精霊、そして絶対神
フレイの悲鳴は絶え、視界を遮る黒が晴れた頃には叫び声もあげないただの殺戮兵器がそこには佇んでいた。
そんな……確かに自我の喪失のリスクは消したはず……。
私はフレイの姿を見る為に体の姿勢を変えようとする。
しかし、タケルに頭を再び踏みつけられ、私は身動きを再び奪われてしまった。
「動いてんじゃねえよ。しかし……まさかコウキが隠していた兵器ってのはこれのことか?だったらあいつは俺に良いおもちゃを寄越してくれたぜ!」
タケルは目を見開き輝かせる。無邪気な子供の笑顔と言えばそれまでだが、表現しがたい邪悪がそこにはあった。
私達を囲んでいた木々がみるみると碧色に輝いて消えていく。その消え際はサラマンダーの炎が消された時と全く持って同一であった。
「さあ、かかってきな玩具が。お前が壊れるまで遊んでやるよ」
そう言うと、タケルとフレイは飛び上がり、空中でぶつかり合う。
タケルの拳と相打ちになるフレイの手刀は当たる度にその漆黒の姿を碧く輝かせ消え去って行くが、すぐさま棘から新たに煙が噴出し替わりとなる漆黒を供給する。
「……酷いわね」
二人の空中戦を呆然と眺めていた私の横で、サラマンダーは刀身を動かさずぽつりと呟く。
サラマンダーの酷い、と言う言葉の意味が私には分からなかった。私の力の至らなさか?それとも……あの戦いについて言っているのか?
「それって……どう言う意味?」
私は気になり、地に伏せながらもわずかな体力で小さく訊く。
「彼女のマナのコントロールよ。精神がまるで安定していないばかりか、むしろ逆方向に使っているわ。スキルって言うのは元々精神が安定していなければその本領を発揮できない。ましてや、彼女が今使っているのは元が暴走するように仕掛けられている物。悔しいけど……ウンディーネが失敗したわけではないわ」
サラマンダーはこの数時間の間で初めて聞くような静かな声で淡々と語る。
「精霊はね、確かにマナの扱いに長けてはいるわ。でも、その人の精神をどうするだなんてできない。
彼女が自分で解決するしかないの」
フレイが解決するしかない……
でも、フレイに意識は無いはずだ。だったら、今解決することは……
できない。私はその事実を前にして、再びフレイの姿を見る。
爪先から頭まで様々な装飾が施された黒い鎧。その鎧に中に通じる穴はなく、天衣無縫のマナの塊。
白い肌が垣間見えることはなく、表情は伺えない。まるで自分の姿を見せたく無い、正体を表さないと言っているようだった。
「……サラマンダー、今、フレイは勝てる?」
私はとうとう身体を持ち上げる元気も無くなり、顔を地に伏せて腰に刺したサラマンダーに訊く。
「……勝てないわ。相性が悪すぎる、鎧の一撃が通る前に変化でマナに変えられて形を失ってしまう。
そのかわり、異常な修復スピードであいつの攻撃が通らないのは幸いね……。
でも、そう長くは持たないわ。彼女、フレイはエルフ、そしてスキル無しだからこそ今その多量のマナで補っているけど……いつかは終わりが来る」
「その時が私達の死、ねぇ……」
ウンディーネも打開策になるとは思えない。サラマンダーがやられてしまったのだ、精霊の力は触れた瞬間にマナに還元されるだろう。
流石転生者だな……コウキといい、今回も化け物だ……はは。
「死、とは限らないわよ」
突如、サラマンダーが呟く。今度は先ほどとは違い、どこか希望を持った言い方だった。
限らない……?
「な……なんで?フレイは自我を失って、このまま時間が経てばマナが___」
「マナが切れる、そりゃそうよ。このままならね。でも、わからない?あの子から出てくるこの感じ……」
サラマンダーは最早ウキウキとしている程だった。疑問は感じるが……私は五感を集中させ、フレイの姿、体では無い、鎧の下から感じられる物をなんとか探ろうとする。
すると、何やら感覚を受ける、しかし、視覚からでは無い。聴覚からでも無く、触覚でも無い。嗅覚でも無い。味覚ですら……。
「これは……この感覚は……?」
だが、わかる。これはこの何かは……
「第六感、それから感じるものよ。あんたならまあわかると思うけど……白、これは白。これが意味することは……」
サラマンダーは信じられない、というような声を上げる。刀身が輝き、寝そべっていても赤い光が目の淵に映る。
「意味すること、は……?」
白……純白の白。救われる、そう感じる。救いの白。
「絶対神、マナティクス様の再臨よ!」
マナティクス……?フレイの中に感じるこれの名前……神……?
「それ……なに……?」
私が聞くと、サラマンダーはそれでも輝きを崩さなかった。
「私達の祖先よ。あのお方が再臨したなら……」
突如、空間に亀裂が走り、穴が開く。
なんとウンディーネが出てきたのだ。
「ああ、おいたわしやマナティクス様!まさか再びその姿をこの目に入れられるとは……」
……なんだか、変わりそうな予感がする。
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