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第二十四話 過去の記憶

 過去の心の傷……?

 私は全く持って意味がわからなかった。まず傷があったとして、どうやって克服すると言うのだ?


 私が思考をしていると、目前に突如白い板が現れる。

 板は直立し、私とマナティクスの間を隔てる。


「その扉の中に入れば、貴様は過去に閉ざした自らの記憶を掘り起こすことになる。

 ここは貴様の精神世界だ……どう言うことか分かるな?」


 マナティクスはどこから発したのかもわからない声で私に答えを問う。

 閉ざした記憶、心の傷……この言葉から汲み取れること、つまり。


「……これから私は今の自分を構成する深層心理に眠る記憶を思い出しに行く、と言うことですね」


 カウンセリング、という物だ。悩みの原因となっている過去の記憶、しかし知的生物はこれを心の奥底に閉ざしてしまう。これを呼び覚まし、改めて今の自分と対面することが精神の克服に繋がると言われている。


 精神世界に行くことで直接的に過去を振り返られる。基本的にはありえないことだ。

 私は自らの瞳にその扉を映す。


「そうだ。だが、貴様の記憶は少し特殊だ。だから私はこれを試練と呼ぶ」


 神と己を名乗るこの白い球体、彼女ならば過去を呼び覚ますくらい簡単であろう。

 しかし、これは自分の記憶と対面すること。私の意思によって過去へ行くことが大事なのだ。


「……分かりました、行きましょう。それがサツキを助けるためなら」


 そう言って、私は扉から突き出た、金色の取手を握る。






「フレイー、起きなさーい。朝ですよー」


 次の瞬間、私は目を開けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。

 暖かなオレンジ色の壁、キッチン、小さな子供たち。間違いなく私の家だった。


 そして、その中でもとりわけ信じがたいことがあった。それは。


「お母……さん……?」


 キッチンに立っていたのは、私の母親だった。

 片手に用具を持ち、煮込んでいる何かの味見をしている。


「ほら、もうすぐご飯が出来るから、食べなさい」


 優しい声音、それは酷く懐かしく、わたしにはあり得ないことだった。

 何故なら。


「お母さん、死んだんじゃ……?」


 何年も前に、母親は死んだ。森が焼き払われ、私達兄弟は奥地へ逃げ込んだのだ。

 その母が、ここにはいる。


「ふふ、なに言ってるのよ。そんなわけないじゃ無い。貴方たちが森から出ていけるようになるまでは、お母さんは離れませんからね」


 母は私の言葉を冗談と受け取ったのか、上品に笑いながら私と同じ白い髪を揺らす。

 足元の柔らかさに違和感を持ち下を見ると、私は今ベッドの上にいるようだった。


 ……そうか!ここは過去の世界、私はそれを疑似的に体験していると言うことか!

 と、言うことは……母が死ぬ間際を私は見ると言うことになるのか……?


 私が手を顎に当て考えていると、唐突に足元に重さを感じる。


「姉ちゃん!早くご飯食べよー!」


 この前まで私が面倒を見ていた弟、フィリィだった。

 他の弟たちは、とっくに食卓に集まっていた。


「……そうですね、ご飯、頂きましょうか」


 そう言い、私はベッドから足を下ろそうとするが、上手くいかずに足が地に着かない。

 ……おかしい、最近やっと着くようになったのに。


 食卓には、果物やスープ、パンなど、様々な料理が並んでいた。

 私はその光景に目を輝かせるが、他の弟や母は特別に感じるようではなかった。


「……いただきます」


 私がそれを一言言う前に、弟たちは一気に食べ始める。

 それぞれがパンを手に取り口に入れ、喉が詰まればスープを飲み干す勢いだった。


「こら!ちゃんといただきますを言ってから食べなさい!……あら?フレイ、あなたいただきます言えるようになったのね」


 母は弟たちを叱るのと同時に、私がいただきますを言っていたことに目を丸くしていた。


「ええ、まあ……」


 それに対し、私は母に目を向けられず、若干俯きながらポツリと呟く。


「偉いわね。やっぱりお姉ちゃん様々ね」


 そう言って母は私の頭に手を置く。

 かなり気恥ずかしいが……少し嬉しくもあった。

 返す言葉が見つからず、私は顔を少し赤らめながら料理を口に入れる。


 ……美味しい。高級な物を使ったわけではない。材料からしてそう伺えるし、何より味が高級な美味しさとはまた違う。けど、心が……ほっとするような感じだ。






 朝食を食べ終え、私は鏡を眺めていた。

 ……本当に若干ではあるが、身長が縮んでいる。

 過去の世界に行くに当たって、体もそれなりになっているようだ。


 ……私はこの頃の記憶が曖昧だ。

 覚えているのは、森が焼かれたこと。そしてそれに伴い母が死んだこと。


 これが……閉ざされた記憶、そう言うことになる。


「フレイ、今日のお昼ご飯を取りに行くわよ」


 背後から明るい声が聞こえる。振り返ると、そこには麦わら帽子を被り、ざるを片手に持った母がいた。


「あ……はい、わかりました」


 私は母の手伝いをしていたのだろうか?……そう言うことだろう。

 そしてその役割は私に……。


「ました、なんてどうしちゃったの?いつも通りでいいのよ、気楽にね」


 あ……そうか、私、確かに母には敬語を使ってなかった。今、思い出した。


「うん、わかったよ、お母さん」

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