第二百十五話 静かな怒り
私がそう呟くと、男は意味が理解できなかったらしく、怪訝な顔をして。
「……は? だから、『死神』の仲間のてめえらの事は把握済み……あ? こんな傷あったか……?」
途中で言葉を止め、突き出した自分の手を不可解に見る。
その手にはほんの小さな切り傷がつき、うっすらと血が滲み出ていた。
「誰が、『死神』と?」
その瞬間、勝ち誇った様に、こちらを人差し指で指していた手が背後の壁に叩きつけられる。
「っ⁉︎ う、うおぉぉぉお⁉︎ お、俺の腕が勝手に……!」
しかし、誰かに触れられている訳ではない。
まるで磁石と磁石がくっつく様に彼の右腕だけが壁に張り付いて、ミシミシと音を立てているのだ。
「……だ、誰だか知らねえが、攻撃したな⁉︎ 俺を攻撃したんだなッ⁉︎ だったら、こいつにはあの世に行ってもガァ⁉︎」
男は残った左腕でイレティナの喉をかっ切ろうとしていた。
しかし、それよりも前に男は全身を、彼の右腕と同じく壁に張り付けられる。
吹き飛ばされて激突したときの様な姿勢のままそこに固定され、すでに彼の腕の中に、イレティナはいなかった。
「……これで、もう殺せませんね?」
私がそう言うと男はハッとした後に目だけをこちらに向けてギロリと睨みつける。
「てめぇ……! 何、を、しやがっ、た……⁉︎」
「私のマナの一部をあなたの血管に送り込みました。全身に注入が完了するのに多少時間は掛かりましたが……あなたはもう、自分の体を満足に動かすことさえできません」
極小のナイフを作り出し、気づかれない様に手首を切らせた。
少し血が滲むだけで良い。血管への通り道が出来れば、支配権はもはやこちらの者だ。
「……先程までは、こんな事思いつきもしませんでした。どうしてなのかは……今なら分かります」
私は淡々と語りながら男へと歩んでいき、髪の毛を無造作に掴んでこちらに手繰り寄せ。
「仲間を利用する様な人間にさえ、まだ情を持ってしまっていたんですよ。
……ですが、あなたがサツキを侮辱した事で、一時的にですがそれも消えました。だから私はあなたを容赦なく殺す事だって出来ます」
本当に今なら指先一つで殺せる。
身体の内部から破壊する事だってできるし、必要ならば腕や足の関節近くにマナを集中させて木を切る様に切断する事だって容易だ。
男は震えながら。
「わ……悪かった、サツキを『死神』だなんて……い、言って、ほ、本当にすまなかった。殺さないでくれ……」
まだそんな言い逃れを……!
『神滅槍』を作り出し、私が男の首を貫こうとした瞬間。
「待て、フレイ。隙を見せてしまった私が言うのも憚られるが、ここは情報を聞き出せる良い機会だ。
お前の仲間の居場所を聞いてからでも遅くは無いだろう」
ヴィリアが私を後ろから言葉で制する。
……確かにヴィリアの言う通りだ。この男を許す訳では無いが……評議会について聞き出せれば良いだろう。