第二百六話 領域
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「ここを押すんですか……? わっ!」
立方体の機械の中心で光る円にそっと指を押し付けると、途端に機械が細かく震え出す。
それに驚いた拍子にうっかりと手を離してしまい、機械が地面にコロコロと転がって行った。
「あ……すみません、びっくりしちゃって……」
「いや、このままで良い。フレイ、少し下がっておけよ」
謝罪をするも、イツは奇妙な事を言いながら私の目の前を遮断するように手を伸ばす。
言われるがまま、私が後ろに下がると。
「……何か、震えが激しくなっていませんか?」
地面に転がっていた機械は更に振動が強くなり、中央の光が縦へ横へとぶれて行く。
震えが強くなるにつれて、光もまた強い輝きを発して、小さな太陽のようだった。
……何が始まろうとしているんだ?
立方体が、一瞬膨らむ。
しかし、その次の瞬間には目の前は紫色の光に包まれ、視界全体が奪われた。
今のは……膨らんだように見えたが、まるで爆発でも起きたみたいだった……。
あの機械が発した光なのか……?
眩む目を塞ぎながらそんなことをかんがえていると、だんだんと視界が元に戻り、目の前の景色がはっきりと見えるようになる。
しかし、その視界には見知らぬものが一つあった。
「……何あれ」
呆然としながら、サラマンダーは溢すように言葉を発する。
そこには、空間に空いた穴のようなものがあった。
穴、といっても地割れの後のような物で、その先には普段通りの景色などなく、ただ、薄い紫色の空間が広がっているように見えるのだ。
唖然としながらそのただならぬ雰囲気に圧倒される私たちの横で、イツは落ち着き払った顔をして。
「……あれが、評議会との次元の間をつなげる『領域』だ。さっきの機械はこいつを生成する道具ってこった」
……この先にサツキが……。
時間は充分にある。全力で探せば、きっと見つかるだろう。……いや、絶対に。
息を呑み。私は鼓動の強まる心臓を抑えて深く呼吸をする。
息を吸うと、マナが豊潤に含まれた空気は若干熱を帯びていた私の体内を冷やし、若干冷静になったような気分になる。
……大丈夫、絶対に見つけ出せる。そしたら、また皆で……今度はヴィリアとイレティナが加わっても良いかもしれない。
……理想を叶えるためにも、今ここに居る私が気を引き締めなくては。
そう心の中で自分に言い聞かせ、『領域』に入ろうとした時。
「ちょっと、待ってくれ」
イツが唐突に、私のことを呼び止めた。
私は逸る気持ちを抑えてイツの方を振り返って。
「どうしたんですか? 何か言いたいことが?」
「……まあ、そんな所だな。ついて行くことが出来ねえ俺が言うのも変だけどよ、改めて聞いておきてえんだ。相手はサツキみてえな力を持つ相手が百人といる評議会だ。戻ってこれる可能性は限りなく低い。……それでも行くか?」
イツからの、最後の忠告だった。再三聞くのは、きっとそれほどに危険だからだと言うことなのだろう。
イツに問われ、私たちが数秒沈黙していると、ヴィリアが鼻で笑い。
「ふん、何度も聞くな。私の『七聖霊』に弱点は無い。それとも、そんな大人数で寄り集まっている奴らに私達のような少数精鋭が負けるとでも?」
それを聞くとイレティナも。
「そうだよね! お父さんよりも強いなんて聞いていたけども……私お父さんに勝てちゃったんだし、どんなに束になっても、きっとへっちゃらだよ!」
「……確かにそうね。なんか勝てる気がしてきたわ……」
「気も何も勝つんでしょうよ! ウンディーネ、あんたそんな弱気だったの⁉︎ 勝って、サツキとまた会うのよ!」
……サラマンダーに言われて、私もはっきりした。
私達は勝って、またサツキに会う。そうだ。……その通りだ。
私は皆を見て頷き。
「イツ、これが私達の答えです。戦って、勝って、サツキに会って。……その先はどうなるかわかりませんが、まずは___」
「ここを行かなきゃな。……フレイ、初めて会った時と比べて、逞しくなったじゃねえか。そいつはきっと、年取るだけじゃ得られない力だぜ。……行ってこい」
私の言葉に被せて、イツは笑っていう。
「……はい!」
待っていて下さい、サツキ。後もう少しの辛抱です。
私は心の中でそう呟き、一歩、踏み出した。