第百九十四話 痛み
ウンディーネの何とも言えない圧に押され、私はそこで黙りこくった。
体内にウンディーネの力を流し込むには、私の身体への入り口が必要だ。
だが、口や鼻から入ろう物ならウンディーネにその気がなくとも私が窒息する恐れがある。
「そうですね……あっ、これが良いかもしれません」
私は足元にあった手頃な大きさの石を手に取る。
石は、今まで何度か欠けた事があるのか先端が槍の様に尖っている。
……これなら簡単に切れそうだ。
「ウンディーネ、血管にマナを注入すれば一応は体の中に保管できますよね?」
「え? え、ええ。マナだけを送り込むのは可能と言えば可能だけど……マナを蓄える臓器に到達するまでに大半が霧消してしまうわよ……?」
……なるほど。恐らく他の臓器に吸収されたり、空気の中に溶け込んでしまう、そう言った理由で消えていくのだろう。
そう、そこだけが問題なのだ。
逆に言ってしまえば、このマナが消えてしまうという課題を除ければいい。
「だったら……今の私でも問題ありませんね」
そう呟き、私は持っている石の尖った部分を自らの腕に突き刺す。
そのまま包丁で切る様に、痛みで引き伸びている腕を手首から肘の中点まで引き裂いた。
腕が燃えるかの如き熱と、痛みが走る。
まるで、棘が腕の芯に突き刺さる様な激痛が連なって走り、裂けば裂くほど熱と激痛は強まっていった。
あまりの痛みに叫びそうになったが、歯を食いしばって声を漏らす事は無かった。
「ちょっ……! あなたいきなり何やって___」
ウンディーネの声が若干遠くなって聞こえる。
きっとただ単に痛みで意識が遠のいているだけだろう。
「ぐっ……! 『機械仕掛けの神』は……私のマナを自在に操って攻撃や守備、その他諸々に使っています」
痛みに耐え忍びながら、私はウンディーネに途切れ途切れに説明する。
「っ……。そして、『私のマナ』と言うのは、もちろん体内のものも例外ではないのです。
だから……ウンディーネのマナが消えない様に……保護することもできます……!」
そう言い切り、私はウンディーネに向かって血が滴り落ちて真紅に染め上げられた腕を突き出した。
……傷口は大して深くないのに、こんなに痛い物なのか。
ふと、自分の腕を見て私はそう思った。
サツキは骨を折ったり、体の半分を削られたり……一体どれほどの痛みを……
とてもじゃないが想像できない。だが、こんな痛みでいちいち苦しむ様な様子を見せていてはサツキに顔向けできない。
むしろ……これくらいの傷がついて、やっと私はこちら側に来れた様な物だ。
痛みを覚えて、皆の苦しみをもっと分かち合える筈だ。
……とにかく、今は……マナティクスを助ける事が先決だ。
「さあ、ウンディーネ! マナを!」
私は再度腕を突き出す。
「……分かったわ。あまり傷を放置するのも良くないしね。五秒で終わらすわよ」