第百八十二話 昔話
「……私がまだ幼い頃だ。この性格のせいもあってか、あまり友人もできなかった。
だから、よくこの森に入り浸っては遊んでいたんだ。
実った果実をもいだり、家から持ってきた布なんかを使って自分のテントも作ったりした」
ヴィリアは顔を伏せ、地面を一心に見続けていた。
しかし、その声色からは昔を懐かしむ様な幸せそうな雰囲気を感じる。
きっと、ディオトルと出会う前の話をしているのだろう。
……だが、思っていたよりもヴィリアの幼少期は、なんというか普通に感じる。
いくつもの力を操るような能力を持っているのに、私よりも遥かに平和で、一般的な___
「しかしある日、森の中で動物に出会った。どんな種類だったか、そこまでは思い出せないが……その影がひどく巨大だった事だけは覚えている」
とたんに、ヴィリアの声のトーンが下がる。
まるで何か嫌なことでも思い出したかのような、そんな雰囲気だ。
「その動物は、私に襲いかかってきた。自分の持つ爪でな。
助けを呼ぼうとは思ったが、そこは暗く深い森、もちろん私は一人で……。幼い私でもすぐに分かった。
“私はここで死ぬんだ”、と」
……幼いヴィリア、と言うのはいったいどれくらいの年なのだろうか……。
今の彼女は、見た目から見るに十九、もしくは二十歳といったところだ。
だったら……少なくとも十年は若いだろう。九歳か十歳……。
私とほぼ同じ体格……だろうか。そんな子供が襲われたら、ひとたまりも無いだろう。
「腹をかなりえぐられた。内臓までは届かなかったが、それでも深く、広く削り取られた自分の腹。
そこから溢れてくる真っ赤な自分の血に恐怖を感じた」
自分自身の腹部に手をやり、ヴィリアはまた思い出したのか苦々しげな表情を見せる。
少し沈黙をして、深呼吸をすると。
「……すまない、続けよう。
そうして一撃くらい、私はその場に倒れてしまった。霞む目に映るのは再び爪を振り上げていた獣の姿。
最早、私は幼子の稚拙な思考は吹き飛び、現実はこうも過酷なのだと、死ぬ間際に気づけただけでもいいだろうと、諦めていた」
……そんな事が……。
「だが、私が次に目覚めたのはこの洞穴だった。
目の前には見知らぬ老いた男、傷は跡さえ残ってはいたが、痛みは薄れていた」
老いた男……それってつまり……
「それが祭祀長様、ディオトル様だったのだ」