第百七十八話 洞穴の中で
足が思うように動かない……。まるで力が入らないのだ。
それに、さっきから寒い。血がまだ足りていないのか……?
早くしないと……ヴィリアに一人で、あれを見せることに……。
……足が動かなくてでも行くしかない。そう思い、手で自分の体を引っ張って進もうとした瞬間。
「フ、フレイちゃん⁉︎ どうしてここに……それにすごく辛そうだけど、大丈夫なの……?」
地面を見つめていた私の上方から声が聞こえ、私はハッとしてその声のする方向を見上げる。
そこには、イレティナがいた。心配そうに私の方へ屈み込み、腕に抱えた木の実を二、三個落とす。
そうだ、イレティナに連れて行って貰えば……!
「イレティナ……あの洞穴の中まで私を抱えて運んで下さい!」
「え……別に良いけども、どうして動けないの……?」
「説明は後です! 兎に角、一刻も早くお願いします!」
私が切羽詰まった状態であることをなんとなくわかったのか、イレティナはたじろぎながらも果物をその場に置いて私をその両手で抱えて背負う。
洞穴までは、精々十数メートル……。すぐにでも、追いつくはずだ。
駆け出したイレティナは私を落とさないようにしながらも、まるで野犬のような素早さで足を動かしていた。
松明の灯る明かりが視野へと入っていき、目下の地面が岩へとかわっていく。
「ああ……! 何故、何故……!」
「!!」
私は奥から聞こえるすすり泣くような声、それと同時に耳へ入るその言葉に表情を硬直させてしまう。
イレティナも、立ち止まっていた。しかし、私とは違う様子で何か不思議に思い、その足を止めていたのだ。
「え……? この声って、ヴィリア……さん? どうしたんだろう……?」
そう言いながら、イレティナはゆっくりとその足を前に出す。
「だめ___」
“駄目です、それ以上行かないで下さい”。そう言おうと叫んだが、もう遅かった。
おぶさられていた私ごと、その光景を見ることになったのだ。
「祭祀長様……! 何故、このような事に……!」
それは、ヴィリアの後ろ姿。
何かを抱えているようで、垂れた布切れが見えていたが、それが何かは明白であった。
肩を震わせ、彼女は泣き叫ぶような事こそしていなかったが、その後ろ姿は確かに、泣いていた。
「……」
声をかけようにも、なんと言えば良いのか私には思い付けない。
だって、私は……
「……誰か、そこにいるのか?」
唐突に、ヴィリアはそんな言葉を言う。先程までの声とは違い、はっきりとした声だった。
「ヴィ……ヴィリ、ア……」
私が混乱のあまりにそう一言呟くと、彼女は祭祀長をそっと下ろしてこちらへ僅かに顔を見せていた。