第百七十二話 すぐそこに
イレティナに言われ彼女が抱える男の様子を見ると、呼吸は浅く、顔は青白くなり、非常に危なげに感じる。
「確かに、急いだほうがよさそうですね……でも大丈夫です。ディオトルの家はすぐそこですから」
そう言いながら確認のために私は横をちらりと見る。
……よし、あれはディオトルの住んでいる岩で間違いない。後は、すぐにでも走って行って、ヴィリアの言っていた事が正しければ彼は助かるはず……!
「……さあ、行きましょう!」
翼をかき消し、一直線に岩の方へと向かって行く。イレティナも、私を追い越す勢いで走り始めた。
ディオトルがあの洞穴の中にいるといいんだけれども……いや、行ってみなきゃ結局わからない。今は走ろう!
しかし、そこで私は何か違和感を覚えた。とても重要、と言うわけではないが、何か不思議で、気に留めてしまう。
特に何も考えずに、その違和感の理由を探るために後ろを振り返ると、そこにはヴィリアがいた。
しかし、彼女はこの場ではするはずのない行動をしていた。彼女は……顔を俯かせ、棒立ちになってその場に止まっていたのだ。
「ヴィリア……? 何をしているんですか……?」
私の質問にヴィリアは伏せた顔の口元を苦々しくしかめ、数刻沈黙する。
まるで、何か恐ろしいものが待ち構えているかのように、彼女はその場で足を止めてしまったのだ。
……一体どうして……? あのヴィリアがこんな風になるなんて……。
「フレイちゃん! 早く行かなきゃ!」
「は、はい。でも……」
イレティナは焦るように言葉を並べ、その場で足踏みする。
「い……いいんだ。私は後で来るから、二人で祭祀長様のところまで行ってくれ」
不安でも抱えているような顔をしてヴィリアは話す。しかし、視線は私たちの方へは向かずに下を向いているばかりだった。
「……分かりました。イレティナ、行きましょう」
どこかおかしい雰囲気だったヴィリアをその場に残し、私とイレティナは走って行く。
洞穴の中へ野犬の如く走り込んでいき、一気に最奥まで走って行く。
「ディオトルさん! いますか⁉︎」
短い距離ではあったがフルパワーで走り、若干肩を弾ませながら叫ぶように駆け込む。
その私の目に映ったのは。
「お、おぉ……フレイ殿で有りましたか。こんな朝早くにどうしたのですかな?」
私はそこで、初めてまだ朝の二桁にもならない時間だと言うことに気がついた。
だが、今はそれどころではない。
「海で倒れていたんです! ヴィリアから貴方なら治せると聞いて……!」
「……ヴィリア?」
祭祀長は穏やかな表情の眉を少し上げ、訝しむような顔をした。