第百六十六話 海の怪物
「……」
私は、サツキのために今何が出来るんだろう?
いや、何も出来ないんだろう。いくら悔いても、時間が戻るなんて事……
「ふんっ……! ……? ふんっ!」
ヴィリアは私が色々と考えている横で、まるで気にも留めない様に竿を引っ張り続ける。
「……あの、私もこれで今結構辛い方なんですけども……」
「そんな事を言っている場合では無い! 釣竿が持っていかれるのだ! 恐らく、これは……あっ!」
ヴィリアは私が呟いている事に返事をしながらも、切羽詰まった様子で踏ん張っていたが、あえなくして釣竿が海の中に吸い込まれてしまう。
釣竿が吸い込まれた先をよく見てみると、水面に巨大な影が浮かんでいる。
……白波が立っている。あれは一体……?
「まずいな……こんなところに居るとは……」
ヴィリアは苦々しげに海面を睨み、刀を鞘から抜く。
その時だった。海面に見えていたシルエットが徐々に姿を表していき、こちらへ飛び上がって来る。
水しぶきと共に地上へ現れたその影の正体は、銀色の流線形の身体。
体長は十メートルを優に超え、人が簡単に入ってしまいそうな幾つもの牙を持った大口。
そして、その頭の先端には一角獣を彷彿とさせる巨大な、そして禍々しい形状をした棘があった。
「モっ……モンスター⁉︎」
私が愕然と口を開けて硬直していると、そのモンスターはヴィリアに向かって突撃して行く。
攻撃する気か……⁉︎
「はぁっ!」
モンスターの巨大な角がヴィリアの喉を貫こうとした瞬間、彼女は刀を振るってその動きを止める。
キン、とまるで金属同士がぶつかった様な音を立て、モンスターの方は攻撃が失敗したと分かったのか嫌な目をして宙返りをして海へと再び潜って行った。
「……な、何だったんですか? あれ……」
「マスティング、というモンスターだ。頭にある角で獲物を刺して捕まえる。だが、こんな所でモンスターに出会うとはな……」
ヴィリアは抜いた刀を鞘に収め、ため息をついて疲れた風に言う。
確かに、こんな海岸でモンスターが出るなんておかしい。沖合にいる様なものが普通なのだが、一体どうしてここに……。
「……今日のところは釣りはもうやめておくか。しかし……帰ってもまた祭祀長様に怒られてしまうだけだし、どうした物か___」
ヴィリアが一人悩ましげに独り言を呟いていた、その時だった。
海岸に背を向けていた彼女を包み込む様に、巨大な影が彼女の背に現れる。
ヴィリアは、気づけていなかった。一瞬の出来事、その角が彼女の腹部に目掛けて突進していく。
「ヴィリア! 後ろに___」
一拍遅れて、彼女もそれに気がつき、自らの刀に手を伸ばした。